藍読日記 ☆読んだ本と『幻想文学』関連の情報、その他の情報をお届けします。         2003/7/5更新
★読書メモについては主観的かつ恣意的な趣味に基づく書き散らしです。文責はすべて石堂藍にあります。
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2002年5月


1日
山岸真編『90年代SF傑作選』
上下(ハヤカワ文庫SF)
 90年代のSFがつまらないということの証明になってなければ良いのだが……。いろいろなタイプの作品を集めてバランスはよいが、こんなものなのか……というのが正直なところ。よほどのSF好き以外には薦める気が起きない。ショーン・ウィリアムズ「バーナス鉱山全景図」はイメージだけの作品だが、一種の幻想性がある。イーガン「ルミナス」は数学好きにはそこそこおもしろいかも。ジェイムズ・アラン・ガードナー「人間の血に蠢く蛇」が寓話として秀逸。

グレッグ・ベア『斜線都市』(冬川亘訳・ハヤカワ文庫SF)
 ナノテクによる健康管理とセラピーの発達した世界で起きる事件の数々。刑事マリアとポルノ女優にして娼婦のアリスを中心にして物語は展開する。衣裳は未来的だけど、肝腎の中身がこれでは、いくらなんでもつまらないでしょう。ベアは現実的な(例えば政治とか生活とかに対する)想像力が貧困なのだろう。

2日
キム・スタンリー・ロビンスン『グリーン・マーズ』
(大島豊訳・創元SF文庫)
 火星のテラ・フォームをめぐっていろいろな組織が対立。このシリーズは設定そのものがあまりにも嘘っぽいので、その嘘に乗れないと読めない。

田中芳樹『マヴァール年代記』(創元推理文庫)
 つまらなすぎ。

川西蘭『サンド・ヒル博物館』(河出文庫)
 砂が降ってくる近未来世界が舞台。高級娼婦キキを描いた二作品を収録。こんな世界で高級娼婦を描くという発想からしてしょうもない。

『M・R・ジェイムズ怪談全集』(紀田順一郎訳・創元推理文庫)
 帰省列車の中でたらたらと読む。
 混んでいて喫煙車にしか席が取れなかったので、本を読んでいるうちに気持ち悪くなってしまった。それでも最新の車両は換気がよほどよくなっているらしく、車両全体が曇ってしまうなどということはない。大したものだ。列車に乗るといつも、禁煙したら喫煙車を通る時に息を詰めるようになった、という紀田先生のエッセイをいつも思い出す。

4日
日下三蔵編『海野十三集』
(ちくま文庫)
 ミステリの形式になっていても仕方ないように思うけど。

8日
宮家準『民俗宗教と日本社会』
(東京大学出版会)
 民俗宗教とは何か、またそれは日本においてはどのようなものかを概説する。輪郭だけを追い、文献案内を付した、まさにガイド的な本。専門的論文も少しあるが、あまりたいしたことはない。

エンデ『だれでもない庭』(ロマン・ホッケ編・田村都志夫訳・岩波書店)
 死後に編纂された雑纂で『はてしない物語』の初期形である表題作がいちばん長くて百ページほど。手紙とかメモとか初期短編とか。エンデのファン向け。
 解説で訳者は「エンデのファンタジックな想像力は、通常のファンタジーを越えて、心霊の領域にもかかわっているかに見える。」と述べ、「精神性/霊性への傾倒」は「高次の存在とつながっているという確信」とともにあるが、「その存在は、エンデにとり、とどのつまり、微笑みかける母のような広がりだった、とわたしは思う。」と続けていくのである。そして時代や育った環境が人智学などに関心を持つようなものだったから、とも言っている。この言いわけめいた解説は何だろう。訳者はエンデの最もオカルティックな信仰がよく現れた『自由の牢獄』を訳している人なのだから、エンデのシュタイナー主義などもよくわかっているのではないのか? オカルティズムをこのように忌避しつつ語ろうとするわけがわからない。私はエンデの宗教・思想には興味がないが、本書の中でもはっきりと神という言葉を出している。神の一部として「微笑みかける母のような広がり」があったとしても、それはすべててはない。だからこそ神であり、高次の存在なのだ。なぜこのように解説してしまおうとするのだろうか。

岡野幸江・長谷川啓・渡辺澄子編『買売春と日本文学』(東京堂出版)
 フェミニスティックな視点から買売春そのものの是非や買売春をテーマとした文学について論じる。フェミニズムのあらわれる前の文学をフェミニズムの視点で切ることは、索漠とした感じのぬぐえないものだが、まあ仕方ない。フェミニズムに興味のある人向け。(京)

ローラン・ディスポ『テロル機械』(村澤・信友訳・現代思潮新社)
 テロとは国家の問題である。そして国家がテロを行うのでなければ、国家を奪い取るためにテロは行われるから。というぐあいにテロとは何かを解説。(京)

井田茂『惑星学が解いた宇宙の謎』(洋泉社新書)
 宇宙と星の成り立ちの概説。(京)

9日
新野剛志『罰』
(幻冬舎)
 かつて父を殺してしまった男が、密出国事件に巻き込まれるミステリ。

『エリアーデ・オカルト事典』(宝蔵館)
 オカルティズム、呪術・魔術、錬金術などの語について解説する。エリアーデにはほとんど何の意味もなし。歴史的なもの、研究の過程まで入っているので、単なる用語解説ではない。参考文献もすごく便利。しかし、日本のところで「枕に絵を描く」などとあるのを見ると、記述全体に不安を感じてしまう。
 学研の『伝奇M』という雑誌に用語事典というのを書いたのだけれど、初心者の読者が本文でわからないことがあった時に引けるようにと、編集者が選んだ語の中に、オカルティズムとか神秘主義とかあってまいってしまった。ごく一般的な解説にとどめたが(とどめざるをえなかったが)、さまざまな事典で見解に相違があるし、たぶん使う人によっても違うだろう。神秘主義というのは特に困る。日本語では密教とかいうのも困った言葉である。顕教に対する密教という観念など、今では半ば隠れていて、なんだか別のものに変容しているような気がする。この本でも、オカルティズムとは別にエソテリシズムという語が使われているが、これは執筆者アントワーヌ・フェーヴルの主張なのだ。フェーヴルのエソテリシズムはオカルティズムとどう違うのか? クセジュの『エソテリズム』などを見ても判然としない。わかりにくくてやってられない。だいたい自分でも時折、どんな意味として、どんなふうに使ったらいいのかわからなくなって、いい加減に使ってしまうのだが。

野尻抱介『太陽の簒奪者』(早川書房)
 太陽の周囲に形成されたリングとファーストコンタクトをめぐる話。パス。

牧野修『傀儡后』(早川書房)
 隕石落下によって危険地帯と化した大阪を舞台にした終末SF。皮膚がゼリー状になる麗腐病というのがすごい。みんながひとつになるというエヴァだのなんだののグロテスクなパロディなのだ。連載をずっと読んでいたのだが、細かいところは忘れていて、どこが変わったのかよくわからない。アホだ。

10日
 インタビュー。ひかわ玲子さんにファンタジーにおける幻獣とは何かというテーマでお話を伺った。

13日
 須永朝彦さんに、近々刊行の『現代語訳 江戸の伝奇小説』(国書刊行会)についてインタビュー。

15日
 スギヤマ・カナヨさんに幻想の博物誌をめぐってインタビュー。スギヤマさんは『ノーダリニッチ島 K・スギャーマ博士の動物図鑑』『植物図鑑』(絵本館)という絵本を描いておられる方。

21日
松本哉『寺田寅彦は忘れた頃にやって来る』
(集英社新書)
 寺田寅彦の魅力を紹介しようとしたもの。寅彦はもしろいけど、著者の文はあんまりおもしろくない。(京)

高田明和『脳と心の謎に挑む』(講談社)
 脳の働きについての解明の歴史をたどる。子どもにも読める。(京)

鳴海章『痩蛙』(角川書店)
 広告の営業マンがリストラに遭い、ボクサーとして再出発しようとする話。(京)

フロランス・ドゥレ『リッチ&ライト』(千葉文夫訳・みすず書房)
 39歳の女性がスペインを旅して心の傷と向き合えるようになるまでを描く。心の傷が、父親の死を看取らなかったことらしいことがわかる。父親はもてた男で、主人公は彼の私生児なのだ。要するにファザ・コンの話か。下手するとエレクトラ・コンプレックスでさえあるようだ。女性作家が書いた父親のことを愛している娘の話は、まったくもってパスである。良い歳して父親の死の問題だなんてそんなつまらないことにこだわっているのは、ばかみたいとしか思えない。ただし小説の手法はおもしろく、読ませる。(京)

23日
ケビン・クロスリイ=ホランド『二人のアーサー』
(ソニー・マガジンズ)
 『あらし』という作品も邦訳があるらしいが、私は二十年前の著作『北欧神話物語』と『ベオウルフ』の再話(これは未訳作?)しか知らなかった。とてもさわやかな印象のアーサー王もの。ユニークな構成で読ませる。

25日
フィリッパ・ピアス『八つの物語』
(あすなろ書房)
 2000年の作品がある。八十にもなるのにまだ書いている。すごいものだ。怪奇幻想ものは、猫好きの死者が猫達とともに夏季休暇で人のいなくなった元の彼女の家に帰ってくる「チェンバレン夫人の里帰り」。あとは離婚家庭の子どもの過去への思い(キューガーデンでの思い出、藤田新策の表紙画はこれ)を描いたものなど。

27日
さとうまきこ『私、引きこもり主婦です』(講談社)
 五十歳から約三年間苦しめられたウツ症状について語る。鬱というのは抗鬱剤でかなり軽減される病気だと思っていたのだが、本書では薬の効果を否定している。にもかかわらず服用し続けているのは不安だからだそうだが、いささか危なっかしい感想表明だ。こういう独白的な本を読むと、どこまで自意識を研ぎ澄ませて書いているのかがひどく気になるが、たいていの人はそんなに内省的にはものを書かないらしいから、おそらくは素直に書かれたものなのだろう。全体的にとにかくパスだ。(

坂東眞砂子『夢の封印』(文藝春秋)
 性愛小説集。パス。「氷点下一万度で凍らせた空気のように、ダイヤモンドが輝いていた」などという文章で小説を書き始められると、それだけで読む気が失せる。(

ジャン・ヴェルドン『笑いの中世史』(池上俊一訳・原書房)
 12~15世紀のフランスにおける笑いについて、宗教、民俗、文学それぞれの側面から検証する。「図説」とあるけれど、それほど大した図版はないし数も多くない。第一章で紹介される司祭のギャグなどは結構粋である。(

海月ルイ『子盗り』(文藝春秋)
 子供の出来ない妻、旧家、嫁姑の関係などという背景のある作品で、これはとんでもない愚作に違いないと思ったが、それほどでもなく、結構おもしろい展開で、読まされてしまった。いや傑作というわけじゃないよ、もちろん。作者名がくらげじゃなくてうみづきと読むのは、本書のような内容ならシャレになるのか?(


●今月の雑感●更新しなくてごめんなさい。『幻想文学』の製作と『戦闘妖精・雪風』ムックの仕事とが重なり、時間がほとんど取れなかったので。従って、本も相変らず読めていない。寛恕されたし。