藍読日記 ☆読んだ本と『幻想文学』関連の情報、その他の情報をお届けします。         2003/7/5更新
★読書メモについては主観的かつ恣意的な趣味に基づく書き散らしです。文責はすべて石堂藍にあります。
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2002年9月


3日
倉阪鬼一郎『夢見の家』
(集英社)
 怪奇短編集。10編収録されていて、全部女性が主人公で、構成やネタが似通っている。
 寝しなに「面」を読んだら、horrorな夢を見た。だが、これは鬼一郎の小説を読んだせいだなと夢の中で思ったら、夢の情景はそのままでギャグに変わった。

4日
春日武彦著『17歳という病』
(文春新書)
 著者は1951年生まれの精神分析医で、どうやら文学者に成りそこねたらしい。非常にナイーヴだった青春時代の思い出などを綴っている。青春の衝動性や怒りや欲望のコントロールの欠如は精神分裂病に似ていて、自分にも覚えがあると。世界への怒りに満ちた、青春的な本。(京)

佐藤友之『ニッポン監獄事情』
(平凡社新書)
 人権意識が低いことを象徴する言葉の一つが「代用監獄」だと著者は言う。逮捕して自白させるために監獄が利用されるからだ。自白偏重の日本の司法界では、逮捕されたときが捜査の始まりなのだと著者は言う。逮捕され、起訴されたらほぼ有罪という日本の刑事裁判システムがおかしいのだ。監獄もまた明治時代の、百年前の法律にしたがって運用されていて、ひどい実態であるようだ。花輪和一の実体験に基づくマンガではそのようには描かれていなかったが。そういえば、この作品『刑務所の中』が映画になったのだ。お正月にロードショーだそうだ。(京)

5日
斎藤慎一郎『蜘蛛』
(法政大学出版局)
 《ものと人間の文化史》最新刊。蜘蛛合戦の研究と、その他の蜘蛛に関する習俗・伝承の集積から成る。趣味的な本。(京)

倉橋正直『日本の阿片王』
(共栄書房)
 台湾領有後の半世紀にわたる日本の阿片政策を、阿片王と言われた農民・二反長音蔵(児童文学者・二反長半の父親)の生涯を通じて明るみに出す。自分の行動が結果的に多くの中国人を苦しめたことへの半生が全くないことを、著者は日本の国家の姿勢とパラレルであるとして断罪している。(京)

ねじめ正一『言葉の力を贈りたい』
(NHK出版)
 現代詩入門。詩の魅力を伝えようとする姿勢は悪くない。今どきの歌詞なども含まれる。椎名林檎の歌詞については『日本のJポップス』でも取り上げられていたが、評価がまったく違うのがおかしい。
 余談だが、ねじめ正一というと私は、便器の上に素っ裸で坐って、早口言葉みたいに自分の詩を朗読する図がまず浮かんでしまう。若気の至りでアホなことをすると、いつまでもそのような眼で見られるのだと、このことを思い返すたびに思う。(京)

マルティン・ブラウエン『図説曼荼羅大全』
(森雅秀訳・東洋書林)
 カーラチャクラ・マンダラの儀礼の実録を中心にした曼荼羅入門書。図版多数。(京)

加藤謙吉『大和の豪族と渡来人』
(吉川弘文館)
 五世紀から六世紀にかけての大和の豪族について論じた歴史研究書。重箱の隅をつつくような論証で、恐ろしくつまらない。歴史好きはこういうのをおもしろいと思うんだろうか?(京)

17日
キリスト教神秘主義の研究者である鶴岡賀雄先生にインタビュー。東大の法文二号館にて。56号《くだん》で佐藤健二先生にインタビューしたときも同じ建物で、上野から歩いて裏側から入ったものだから迷って大変な眼に遭った。誰に聞いてもその場所がわからないのだ。今回は正門から入って迷わなかった(正門の正面だから当り前か)。鶴岡先生がとても素晴らしい方で、私はいささか感動してしまった。

18日
稲生平太郎氏にインタビュー? 神秘的文学のガイドを兼ねて、対談と言おうか雑談と言おうか、わけのわからないものを録音。どうやって形に出来るのか、頭を抱えている。

19日
コニー・ウィリス『航路』
(大森望訳・ソニーマガジンズ)
 臨死体験を医学的に解明しようとするティームの話。心臓病でしょっちゅう心停止に陥る少女を助けたいというのが動機で、要するに泣かせる話。相変らずそのまんま映画に出来そうな描写や内容(そのまんまだとほんとは時間がかかりすぎちゃって無理だけど)。うまいなあと思う。

24日
竹下節子『キリスト教』
(講談社選書メチエ)
 キリスト教がどんなものかをほぼ百パーセント知らない人に向けて書かれたもので、歴史的研究成果などをさりげなく盛り込んで、終始一定の距離を保って概説していく。幼きテレジアを「マスコット・ガール」と言ってのけたり、至るところでプロだなと思うと同時に、うんざりもする。創世記を評して、〈深いトラウマを残す「罪と罰」という重いシーンも含んでいる〉などと言われると、違和感を覚えざるを得ない。こういう書き方の方が現代日本人には分りやすいのだろうけれど。(

大泉康雄『テロルの遁走曲』(ラインブックス)
 尻尾の生えてくる奇病に冒された人間を猥人だと言って狩る集団に入った少年の物語「夏の戦さ」と、足を舐めるというふらちな行為をするので戒められようとしている少年集団の戦いを描く「少年兵たちの未明」の二編を収録。パラレルワールドものめいた幻想短篇で、なかなかすごかった。(

ケネス・ローマー『道ばたで出会った日本』(彩流社)
 妻子とともに松江で一年間暮らしたアメリカ人文学者の滞在記録。ハーンに共感を寄せつつ書いていて、日本の受け止め方も肯定的。およそ二十年前の地方都市の記録なので、もはや失われた世界か、とも思われる。ハーンの『面影』は、長い年月や両大戦を挟んでいて、夢物語になるのも仕方がないが、わずか二十年でも激しく変わったことを思わされる。もちろん変わらないことも。ノスタルジーに満ちた一冊になっている。(

浅野美和子『男が夢中になる千夜一夜物語』(青春出版社)
 千夜一夜物語の女性に関わるものを適当にピックアップした本。引用多すぎ。(

兵頭二十八『日本人のスポーツ戦略』(四谷ラウンド)
 スポーツ競技裏話。それも種々の本から抜いてきた。ゴミ。(

樋口覚『歌の岸辺』(不識書院)
 ボードレール論、ヴァレリー論、斎藤史論のほか、短歌評などを収録。パス。(

今月の雑感 月末までもうここに書くような本は読まないので、書いてしまう。東京新聞のための本しか読んでいないみたいだが、神秘文学関係の本をいろいろと読んでいる。面倒なので載せていないが、『幻想文学』で取り上げられなかった文に関しては来月にでもまとめて御紹介しようと思う。ところで近所の瀧を見にちょっと出かけたら、何ということのない河原で足をくじき、一週間、右足に不自由した。まだ、走れない。富士山は初冠雪し、本格的な秋が訪れたというのに、この為体。慢心を戒める天の声だと考えようと思う日々である。