藍読日記 ☆読んだ本と『幻想文学』関連の情報、その他の情報をお届けします。         2003/7/5更新
★読書メモについては主観的かつ恣意的な趣味に基づく書き散らしです。文責はすべて石堂藍にあります。
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2002年12月


2日
『日影丈吉全集』6巻
(国書刊行会)
 牧神社の未刊行短編集成四冊『暗黒回帰』『幻想器械』『市民薄暮』『華麗島志奇』を収録したもの。日影丈吉を読んだことのない人は、この一冊だけでも読まれたらどうかと思う。私は日影丈吉ファンではまったくないうえに、読むのは何度目かという作品も中にはあるのだが、それでもおおむねおもしろく読むことが出来た。私が特に良いと思うのは「食人鬼」「饅頭軍団」のようなもので、こういうものは好きと言ってもいいかもしれない。「飾燈」「崩壊」などもおもしろい。
 横山さんの解説を堪能した。傑作「饅頭軍団」の解析などはさすがだと思う。

4日
ニーナ・キリキ・ホフマン『マットの魔法の腕輪』
(田村美佐子訳・創元推理文庫)
 現実を舞台にしているのだが、魔法だらけの話で、リアリティに欠ける。幽霊屋敷のエピソードなどは泣かせるけれども、安易である。後半の展開はちょっとひどすぎ。十月の本らしかったが、前回のSFMの評では落としてしまった。本が出ているのを知らなかったから。
 この作品は、人工物と意志疎通の出来る女性マチルダ(マット)が、魔法を使え、精霊に導かれている青年エドモンドに出会って、彼の抑圧されていた記憶を解放するというもの。人工物と話が出来るって、じゃあそのラップとも話が出来るんか、と思っていると、実際にラップに話しかけてちょっと意志的に動いてもらうという約束までとりつけてしまう。え、え、じゃあこのラップをあなたはどうする気? と思うが、このラップはその後話題に上らないからごみ箱行きになったんだろう。
 ザンスにもこういう魔法の使えるドオアがいるが、彼は大魔法使いの扱いを受けているし、だいいちあれは基本がコメディだ。そして、ザンスと現代の合衆国とじゃ、物の作られる量も違えば、作られ方も違うし、扱われ方も違う。マットの能力は、魔法の説明としては理に適ってもいるようだが、それをリアルにはとても想像できないようなものだ。小説を読むとき、いちいちそんなリアルさを求める必要はないかもしれないが、要するに、こういう設定に平気でしてしまえる作者には、想像力の欠如を感じるのである。
 エドモンドの友人スーザンのひどい父親をめぐる話も同様で、特にこれは耐えがたかった。横暴な父親(親権者)というものを、作者は、自分で描いていながら、理解していないのだ。私なら、娘を思い通りにするために母親に暴力をふるい、はては殺してしまった父親をこんなふうには描かないし、許しもしないだろう。

7日
ラルフ・イーザウ『盗まれた記憶の博物館』下
(酒寄進一訳・あすなろ書房)
 後半はほとんどそのまんまの展開で、おもしろみのある展開にならない。歴史修正主義に対抗する話で、それなりにまとまった作品ではある。

ヨースタイン・ゴルデル&クラウス・ハーゲルップ『ビッビ・ボッケンのふしぎ図書館』(猪苗代英徳訳・NHK出版)
 12歳のニルスと少し年上のベーリットの交換日記をめぐる物語。『ソフィーの世界』が哲学の歴史を書いたものだったように、これは本に関する蘊蓄か……と思っていると、後書で納得。1993年を、ノルウェーで最初の本『アルマナック』が出版されてから350年の記念の図書年と定め、そのイヴェントの一環として、全国の六年生に配付するために書かれたものだというのだ。「本の歴史や、読書の楽しみ、図書館の役割、出版文化などについての話を盛り込んだ読み物」を依頼されたとのことで、なるほどまったくその通りの内容で、しかも子供には読みやすい物語となっている。かつてラーゲルレーヴがスウェーデンの歴史や地理を教えるために『ニルスの不思議な旅』を書いたように、この本は書かれたわけだ。一種の職人芸である。謎の女性ビッビは書誌学者だが、稀覯本を集めており、本を見ると涎を垂らしそうなあたり、個人的にはパスな世界。でも、まあ子供に読んでもらうのは、悪くないのかなあ。少なくとも、これが国家のプロジェクトとして行われたということ、実際に永久保存用図書館が造られていることなど、本に対する理解という点では、日本よりマシかも。

ナボコフ『透明な対象』(若島正・中田晶子訳・国書刊行会)
 スイスのホテルと一人の男の夢・記憶・物語をめぐる話。二度にわたって繰り返される火事の場面が印象的で、私はナボコフのこういうところは良いと思うが、ほかはそんなには好きではない。ところで、嘘の遠近法で芝生が拡大されている写真に付けられたキャプションが「日光浴にはうっそつけの芝生」だという。苦しいシャレ?……こういうところを何の注記も無しにしていいのか。原文にはなくともせめて傍点をつけてほしい。あるいはただの誤植か? ならば何とふざけた誤植だろうか。それから、プッシーって日本の読者に普通は何のことかわかるほど一般的な言葉なのか? 訳者は疑問には思わないんだろうか。

デブラ・ドイル&ジェイムズ・D・マクドナルド『サークル・オブ・マジック』(武者圭子訳・小学館)
 夫妻で書いているファンタジー・シリーズ。英国ファンタジーの決定版と帯にはあるけど、書いているのは合衆国の人じゃないか。第一巻は『魔法の学校』だが、ハリポタみたいなものを想像してはならない。これはむしろ『ゲド戦記』もどきというか、そっち系でほとんどひねりもオリジナリティも豊かな表現も何もない。とてつもなくステロタイプ。

クリフ・マクニッシュ『レイチェルと魔道師の誓い』
(金原瑞人・松山美保訳・理論社)
《レイチェル》シリーズ完結編。あまりにも安易、かつ筋だけの展開で、感動もへったくれも何もない。

長山靖生『怪獣はなぜ日本を襲うのか?』(筑摩書房)
 怪獣、怪物、怪人テーマなどのエッセイを収録する。

9日
ピーター・ストラウブ『シャドウランド』
(大滝啓裕訳・創元推理文庫)
 帯にはファンタジイとあるけど、ホラーでしょ。今はその方が売れるのか……。ダークサイドの魔術の世界に誘われる少年の話で、なかなか良かった。ストラウブはホラー作家の中では純文学寄りの人であるせいか、私はわりあい膚に合う。この作品はいろいろな細部でジョン・ファウルズの『魔術師』を思い出させる。

10日
映画『フレイルティー 妄執』を観る。Frailty とは、弱きもの、汝の名は……と言われるときの弱さ。「妄執」というのは日本人らしい見方かも知れないが、果たして「弱い」のはどちらなのか、最後までわからないのであるから、この邦題は既に解釈となっていて、いまいちである。
 「神の手」と名乗る連続殺人が起きている。FBIに犯人を知っているという青年フェントンが訪れ、それは弟のアダムだという。兄弟はかつて実直な父と三人で暮らし、フェントンは弟の母親代わりも務めていた。しかしある時、神の啓示を得たという父が、悪魔退治と称して、斧を使って人殺しを始める。アダムは父の言葉を信じるが、フェントンには信じられなかった……。ビル・パクストンと子供役の演技にほとんど総てを負っている低予算ホラー。銀座随一のしょぼい映画館(画面は言うに及ばない。地下鉄の音を効果音と間違えてしまううようなところ)で三週間の上映、日本でどれだけ見た人がいるのか疑問だが、合衆国ではどうなんだろうか。彼らがどう見たのか、それを知りたい。今の合衆国の状況を考えるとB級ホラーだと笑えるような作品ではないのである。映画としてはもうちょっと何とかならないかと思うが(ヴィジョンのシーンや薔薇園の描写とか特に)、とにかくひっかかる映画だった。

11日
 子供たちと『マイノリティー・リポート』を見に行く。これはゴミだった。特撮がダメ。だいたいトム・クルーズをもうちょっとかっこよく撮れんのか!

佐藤亜紀『天使』(文藝春秋)
 第一次世界大戦の頃のオーストリアを舞台に、諜報活動に従事することになったサイキックの少年を描く。サイキックが当たり前に存在する世界になっている。

12日
マーク・ハーツガード『だからアメリカは嫌われる』
(草思社)
 アメリカの欠点について述べている本なのに、日本の欠点を並べたように見える。アメリカの悪いところだけ真似しているわけだ。

千田善『なぜ戦争は終わらないか』(みすず書房)
 ユーゴ問題を軸にして、21世紀の国際社会への展望を述べる。地域紛争、民族闘争、人道的介入といった、複雑な問題をかなりわかりやすく整理する。著者本人も言っているが、若い人に読んで欲しい。

町田康『テースト・オブ・苦虫』(中央公論新社)
 筒井を少しだけ思い出させるエッセイ風掌編集。いまいち。
 
笠原和夫・新井晴彦・すが秀実『昭和の劇』(太田出版)
 三人の座談の形で、映画脚本家・笠原和夫の仕事をたどる。戦後日本映画の舞台裏に興味を持つような人には、かなりおもしろい本かも。笑い話としても、また、アナーキスト笠原の戦争検証の本としても読める。

13日
ロバート・ジョーダン『昇竜剣舞』(斉藤伯好訳・ハヤカワ文庫FT)
 《時の車輪》第七部。たかだかエンターテインメントのファンタジー一冊の翻訳が4500円にもなってしまうのは、やっぱり法外ではなかろうか。

14日
福井晴敏『終戦のローレライ』
(講談社)
 長い! 太平洋戦争もの。やっぱりサイキック。しかしこちらはナチスの実験のせい。もっとも話のメインはそれではない。現代を生きている人間にしか持てないような視点を戦中の人間に持たせてしまうという禁じ手を使っているので、読んでいて、村上龍のSF系小説に類似の鼻白むものを覚える。
 
ベッツィー・ハウイー『サーカス・ホテルへようこそ』(目黒条訳・早川書房)
 ブランコ乗りの血を引く少女の話。

17日
テリー・グッドカインド『魔石の伝説』6(
佐田千織訳・ハヤカワ文庫FT)
 今回はリチャードが中心。予見師の宮殿での生活が綴られている。それにしても予見師の宮殿は、本当に白い塔によく似ているな。こんなにもパクリが露骨なのに、こっちの方がテンポが速くて明快な話なので許せてしまう。またしてもカーランが絶体絶命というところで終わっている……。七冊そろえると、4500円を越えてしまう。ペーパーバックで8ドルぐらいで売っている。これは、ただもう版権の問題なのだと思う。分量的には2冊で1800円とか、それぐらいで収まるものだと思うし、内容的にもそれで見合う程度のものだと思う。アメリカの著作家、あるいはエージェントをつけ上がらせていいものか。

ブライアン・ジェイクス『幽霊船から来た少年』
(酒井洋子訳・早川書房)
 さまよえるオランダ船が天罰を受けたその時に乗りあわせていた13歳の少年と黒いラブラドール犬が、永遠に若いまま、人々を幸福にするための任務に就かせられたという設定。一種の孤独なヒーローもの。メインは、19世紀末のイギリスの田舎町の土地所有権をめぐるストーリーで、証拠の書類を探す宝探し。地図、暗号など、いかにもの道具立て。

18日
東雅夫編『村山槐多』
(学研M文庫)
 槐多の文章も詩も好きではないが、とにかく読んだ。戯曲はどちらかというと読める。津原泰水のおまけがおもしろかった。

ヨースト・ヘルマント『理想郷としての第三帝国』(識名章喜訳・柏書房)
 パルマケイア叢書の一冊。19世紀末からナチス政権掌握期までの、ドイツの古典SF、創作の形のパンフレット、妄想的な科学書、その他のシミュレーション的小説、民族主義的美術などなどを分析するもの。タキトゥスの『ゲルマーニア』に見られるゲルマン人の姿を理想的なものと考え、そのようなゲルマン人の帝国を理想世界とし、現実を理想世界化しようとしたのが第三帝国であるという論の筋道。一種のユートピア思想が、今世紀前半のドイツを席巻したもののようにも読めるのだが、序章で二百から三百作品、部数にして十万部売ったものもある、という数字は、現実的にはどう考えるべきなのだろう。そうしたものの、一般人への影響が大きかったとやはり言えるのだろうか。それともこれほどに売れたことが、その気分を共有していたということになるのだろうか。例えば日本の場合は、古典SFのほか、皇民化小説(?)もこれに当たるのではないかと思うが、それが問題にされてきたことがあるのだろうか。
 ちなみに、12日に亡くなった笠原和夫は、『昭和の劇』の中で、日本の軍隊は「天皇の私兵」であったと語っている。


●今月の雑感● 今月の後半は、趣味的な執筆物のために読書は中止。というか、そのための読書をしていた。ここには記さないが、私の個人サイトに掲載予定なので、興味のある方はごらんください。