藍読日記 ☆読んだ本と『幻想文学』関連の情報、その他の情報をお届けします。         2003/7/5更新
★読書メモについては主観的かつ恣意的な趣味に基づく書き散らしです。文責はすべて石堂藍にあります。
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2003年1月


5日
モーリス・ブランショ『問われる知識人』
(安原伸一朗訳・月曜社)
 知識人についての覚書。もともと私的なものであったらしく、注がないと読めない。それにしてもわかりにくい文章だ……。(

オリーヴ・チェックランド『天皇と赤十字』(工藤教和訳・法政大学出版局)
 日本赤十字社と軍隊を中心とした日本医療の歴史。天皇の赤子(私兵)である軍隊、その付属物としての近代医療・看護制度、さらに天皇家、官僚と癒着した赤十字社などについて語るもの。米国人による著書なので、そうした視点特有のものが新鮮でおもしろい。(

6日
小松美彦『人は死んではならない』
(春秋社)
 人の死は近親者(親族や友人)が決めるものであって、死者にも医者にも決められないという観念的な意見の持ち主の対談集。とても感情的なもので、論理でも何でもない意見だということが対談を通してわかる。ダメなものはダメ、と。道徳みたいなものか。(

盧武鉉編著『韓国の希望盧武鉉』(青柳純一訳・現代書館)
 次期大統領・盧武鉉讃。女子高生をも政治フリークにしてしまうノ・ムヒョンっていったい……。(

石井恭二『心のアラベスク』(現代思潮社)
 現代思潮社元社主による心をテーマにした詩的エッセイ集。引用を織り交ぜつつ。(

恩田陸『ねじの回転』(集英社)
 時間ものSFと2.26事件をドッキング。宮部みゆきではない。しかし才能のある人なのだとつくづく思う。(

シャルル=ロベール・アージュロン『近現代アルジェリア史』(私市正年・中島節子訳・白水社クセジュ文庫)
 1830年から始まるフランスの植民地時代の歴史を中心に述べたもの。(

8日
ジョン・べレアーズ『魔女狩り人の復讐』
(三辺律子訳・アーティストハウス)
 《ルイスと魔法使い協会》。これはつまらない。魔術師の館の書棚に『ネクロノミコン』と『鉄道模型の手引き』があるなら、M・R・ジェイムズの作品集もあるべきではなかったろうか。マナーハウスの迷路と解き放たれた怨霊というテーマである。

ロバート・ジョーダン『昇竜剣舞』(斉藤伯好訳・ハヤカワ文庫FT)
 反逆者の女王の処罰とエグウェーンの動向。

9日
地方小へ行って久々に川上さんとお話し。出版はもうNPOにするしかないのでは、という話題など。雑誌は高額では売れないので、厳しいものがあるよね、と。批評空間やisも終わったのだ。

O・R・メリング『光をはこぶ娘』(井辻朱美訳・講談社)
 『夏の王』と地続きの物語。母を探すテーマと環境保護。この作家の描く妖精とその世界にはほとんど興味が持てない。

寮美千子『星の魚』(パロル舎)
 きれいな絵本。絵も作者。

シシリー・メアリー・バーカー『白鳥とくらした子』(八木田宜子訳・徳間書店)
 『花の妖精』の画家・作家による絵本。良い子が白鳥に助けられて幸せな結末を迎える。話はどうでもよい。絵がかわいい。
 最近、新書館のデュラックとかニールセンとかの絵によるファンタジー絵本のシリーズが増刷されたようで、書店に並んでいる。

とり・みき『遠くへいきたい4』(河出書房新社)『膨張する事件』(筑摩書房)
 つい。次男がとり・みきのファンになりつつあり、こわい。唐沢とか読むようになったらどうしようか。

ルキノ・ヴィスコンティ『白夜』を観る。残念ながら、金曜日で終わり。最後の三十分の緊迫感が……。特にマリア・シェルが最後の方ではっと振り向くところとか。これは結末を知っているせいなのか? マルチェロ・マストロヤンニが若くて可愛く、ジャン・マレーが極悪のオッサンに見える映画、とか言っても若い人にはよくわからないか……。

10日
リュドミラ・ウリツカヤ『ソーネチカ』
(沼野恭子訳・新潮社)
 ある女の一生。軽い。

サトクリフ『アネイリンの歌』
(本間裕子訳・小峰書店)
 六世紀、サクソン人と戦ったケルトの戦士団の物語。ケルト最古の長篇叙事詩『ゴドディン』に材を取ったものという。300人の戦士のうち、残ったのはただ一人、と歌われるカナンを最終的に助けることになる少年を主人公にした、悲劇の中にも明朗さのある少年小説である。

サトクリフ『闇の女王にささげる歌』(乾侑美子訳・評論社)
 実在のケルトの女王を描く歴史物語。紀元60年、ローマに戦いを挑み、惜しくも敗れたブーディカの物語。これは優れた物語である。

マイケル・モロイ『アビーと光の魔法使い』
(内藤文子訳・徳間書店)
 「ハリポタを見出した編集者が世に贈る」ゴミファンタジー。アトランティスの超科学に魔法のダスト! こういうデタラメで深さのかけらもない話を、自分の子供に絶対に与えたくない。

ロデリック・タウンリー『記憶の国の王女』(布施由紀子訳・徳間書店)
 本が開くよ、という声とともに、一斉に配置につき、物語の演技を始める登場人物たち。しかし活発な王女は同じことに飽きていた……。そのせいでお話はちょっと調子が狂って、それを読んでいた子供は、その話に引きつけられてしまうのだ。しかし、こういうシーンは二度とは出ない。どーなっているのか。これは一種のメタフィクションのように、登場人物たちは生きている、本の中に、というような話だが、この設定が論理的には考えられていなくて、後半へ行けば行くほど変になる。合理性を飛ばして読みましょうと言われても、そうは出来ないので、とてもではないが「絶賛の嵐」というのが信じられない。

13日
岡康道・吉田望『ブランド』(宣伝会議)
 電通出身の二人の、良い広告をめぐっての対談。こういう本を読んでいると、本当に自分を消したくなる。(

御堂地章『日本錯乱』(早川書房)
 二〇〇三年三月二二日、合衆国のブラッシュ大統領(コカイン中毒)はイラクに攻撃を開始、日本の泉水首相もバックアップを全面的に引き受けるという形で参戦する……というようなシミュレーション小説。現実に似た事項があっても、「まったくの偶然にすぎません」という前書きが付いているが、こういうものが必要なのか? それともただの冗談か。(

ハワード・F・ライマン、グレン・マーザー『まだ、肉を食べているのですか』(船瀬俊介訳・三交社)
 牛は、死んだ牛を食べるばかりでなく、処分されたペットや牧畜の糞も餌にしているのだという、信じられないような話が書かれている。元大規模牧畜農場の経営者だけに、説得力はあるが……。(

イ・ソンチャン『オマエラ、軍隊シッテルカ!? 疾風怒涛の入隊編』(裴淵弘訳・バジリコ)
 徴兵制度下の韓国の大学生が、ネット上に公開した軍隊の体験録。もちろん、二年間の兵役を終えてから、匿名でだが、それが評判になって本になったという。ベストセラーになったというのも頷ける。誰にでも降りかかることだから、情報は欲しい。しかも、面白いのだ。悲惨というほかない軍隊経験が、きちんと対象化されているせいで、ユーモアを交えてその体験を語ることが出来ている。日本も第九条を変えてしまえば、遠からず徴兵制になるんだろうなあ。(

16日
オクタビオ・パス『鷲か太陽か?』
(野谷文昭訳・書肆山田)
 詩集。こんなものが出ていたとは。「青い花束」「波との生活」など既訳のある物語風のものも含まれている。

鈴木一誌『ページと力』(青土社)
 ブックデザイン、活字や印刷全般に関わる考察を収録したエッセイ集。こんなものを誰が読むのか、と思い、編集者が読むのか、と思った。ブックデザイナーは読まないだろう。またデザイナーや印刷屋が気にするようなことを、読者は気にしないだろう。
 国書刊行会の幻想文学大系は、あのデザインだけで、吸引力があった。東雅夫に言わせると、あれは読みにくくて最悪、読者を逃したということだが、私は評価する。とはいえ、ああいうものの生き残る場所があるのか?

17日
西山良雄『死神の唄』
(丹精社)
 サブタイトルが「文豪ジョン・ダンの思想遍歴」。しかし寄せ集めの論考集なので、話題はジョン・ダンのことは限らない。おもしろいものもあればつまらないものもあるが、16世紀のイギリスの文学と宗教というテーマに興味があるか、研究的な文章の比較・影響関係の考察について勉強しているのでなければ、ほとんど読むところはない。ただし、T・S・エリオットその他への言及もある。

R・A・サルバトーレ『ダークエルフ物語』(笠井道子訳・アスキー)
 TRPG系ライターによるファンタジー。地下世界には美しいが邪悪で陰謀を好むダークエルフ(ドロウ)が住まうメンゾベランザンという都市がある。そこに純粋で美しい心の男の子が生まれ、苦しみながらも清いままに育ち、卓越した剣の使い手になる、というおバカな設定。地下に住む黒い肌のエルフは悪のエルフ、しかも女がより一層悪辣。地上の芸術的なエルフは白い肌……ってこの単純な差別はなんだろう。三部作らしい。

倉阪鬼一郎『鳩が来る家』(光文社文庫)
 短篇集。人体損壊、人肉食小説多し。

井野瀬久美恵『黒人王、白人王に謁見す』
(山川出版社)
 ブックレットに毛が生えた程度の内容・分量。トマス・ジョン・バーカー『イングランドの偉大さの秘密』(ナショナル・ポートレイト・ギャラリー)は世紀末の植民地本に多く使われたらしい。この絵の王は誰か、という疑問から、英国19世紀、20世紀の英国の外交とミッションに迫る。

18日
高橋昌一郎『ゲーデルの哲学』
(講談社現代新書)
 期待していたものと違っていた。あまりにもつまらない。

奥泉光『浪漫的な行軍の記録』(講談社)
 戦時中の行軍を思い出している老人。書く老人。そして眠りながら行軍している自分に気づく。

19日
小山歩『戒』
(新潮社)
 ファンタジーノベル大賞優秀賞。架空の国の歴史小説。二十歳そこそこのの新人が書いたとは思えぬほどの出来。

20日
源淳子『フェミニズムが問う仏教』『フェミニズムが問う王権と仏教』
(三一書房)
 フェミニズムという視点はあまり関係なく、日本では仏教がそもそもの最初から、近代に至るまで王権と結び付いてろくでもなかったということを語る。鎌倉の宗教改革も、あっという間に堕落して権力にすり寄る。特に本覚思想は最悪……と手厳しく難詰する。
 いささかの勉強にはなったが、期待していたほどおもしろくはなかった。

21日
坂上貴之ほか編著『ユートピアの期限』(
慶応義塾大学出版会)
 ユートピアは実現される、あるいは非実現が決定的になることがあるから、期限なのだろうかと思って読み始めたが、期限ということに関してはそれぞれにいろいろと趣向を凝らしていた。でも高い。

22日
ケルーシュ『不死の怪物』
(野村芳夫訳・文春文庫)
 オカルト系怪奇長篇。みんながおもしろいというものだから読んでみたが……。この時代のものとしては新しいのだろうか。大戦間の文学がよくわからないので、判断できない。普通の小説だ。

24日
小山歩さんにインタビュー。

宮内勝典『金色の虎』
(講談社)
 母の死に茫然として、ヒマラヤの聖者を訪ね歩くようになったジローが、すべては自由だ、この世界を愉しもうという教団に入るという話。解放療法の精神科医とか出て来るが、いったい何を書きたかったのか、よくわからない。ファンタジーではない。「天が漏水したような青空」という表現が二回出て来たが、どうしても真っ青という感じがしなくて、透明なイメージが浮かんでしまう。

セバスチァン・ハフナー『ナチスとのわが闘争』(中村牧子訳・東洋書林)
 歴史を語るジャーナリストによる自伝的著作。1940年にはすでに書かれていたもので、30年代のナチスとそれを許したドイツの状況が描かれる。タイトルほど威勢のいい内容ではないが、興味深いものがある。

26日
多田智満子さんの葬儀に参列。無宗教で、白薔薇を献花する、多田さんらしいものだった。
 澁澤龍子さんに式場でお会いして、大阪まで御一緒した。

ジョゼ・サラマーゴ『リカルド・レイスの死の年』(岡村多希子訳・彩流社)
 フェルナンド・ペソアの異名(別人格・経歴等を持つ、多重人格的な存在)の一つ、リカルド・レイスを主人公とする長編小説。ペソアの死後九ヶ月間を描いている。
 日本置き換えてみると、宮沢賢治の分身を描いた小説とでも言うことになるだろう。ポルトガル人であり、なおかつ詩や文学に詳しくないと、そんなに面白くは読めないのではなかろうか。なお、ボルヘスの架空の小説『迷宮の神』が出て来る。

バリー・ヒューガード『霊玉伝』(和爾桃子訳・ハヤカワ文庫FT)
 『鳥姫伝』に連なるシリーズ。司馬遷の暗号、宝探し、地獄巡りなどの趣向を揃えた、ミステリ風ファンタジー。司馬遷が曹雪芹に言及するアナクロニズムのギャグなんて、アメリカ人にわかるとは思えない。日本でもFT文庫の読者層には、わからないかも。


今月の雑感  去年の秋、須永朝彦さんから、多田智満子さんの具合が相当にお悪いのだということをうかがった。そのときに伺ったお話は、『幻想文学』にも須永さんが書かれているが、思い返すたびに胸が詰まる。その時から、多田さんのことが気になってならなかった。安原顯氏が亡くなったその日にたまたま東と会って、多田さんはまだ大丈夫なんだよね、という話をしたあとのことであった。須永さんがわざわざお電話くださって、あわててですぺらの掲示板を見ると、そのことが書かれていた。去年は吉原幸子さん、日野啓三さんが亡くなり、今年も訃報が相次ぐ。窪田般弥先生も亡くなった。ずっと若い世代の私たちが頑張らねばならないのだけれど。