大火通信 ☆篠田真由美と石堂藍の著作物です。無断転載を禁じます☆
篠田真由美に一問一答
大火通信1号●名前
2号●ロマン派的悪
3号●建築の修復
4号●安直なもの
5号●名前再び
6号●リアリティ
7号●好みと評価
8号●人間の権利
9号●はてしない物語

篠田真由美の公式サイト・著作目録、日記を連載中篠田真由美

石堂藍から篠田真由美へ
篠田真由美様 2002年7月12日  台風が過ぎ去ったら、暑くなりましたね。窓から陽射しを見ていると、外に出る気力が失せます。
 空は群青に近いような青で、空だけ見ていれば、どことなく秋めいているのですが、夏はまだこれからです。
 青といえば、つい最近読んだ本に、フランス語の空色は空のことも表すという一節があり、妙に心に残りました。日本ではないことです。空色のように必ず色がつく。その点、植物(から出来る染料)などから採った名前は色がつかなとも色を表す場合が多い。茜、鬱金、梔子、藍など。
 私の名前の藍は、むりやり「らん」と読ませているのですが、普通に読めば藍色のあいです。蘭などとするよりはまだしもと選んだ字ですが、色としても青系統の色が好きですね。特にこの藍本来の色である縹色が好き。中国語では空の青さを天藍と言い、藍は日本の青のイメージであることがわかります。
 前にも聞いたことですが、蒼、アスールと、青い色を名前にするのはどうしてなんでしょう。別の作品の登場人物に同じような名前を付けなくっても……と私は思ったりするのですが、ものすごく思い入れがあるのでしょうか。それとも実は作品間につながりがあったりして……いわゆる「裏設定」とか。
 神林長平の昔のインタビューでは、どうして変わった名前なんですかと聞かれて、次のように答えています。
 「ないような名前の人間たちを集めて、これは俺の世界だ! と宣言しているんです。/どこにもない場所を書きたいんですよ。どこにもないんだけど、空間なり何なり、ちょっとズレた所にはあるんじゃないか、と。そんな場所を」
 こういう意識が篠田さんにもあるのかしら。
 最近はいろいろな小説で、ヘンな名前を見かけるようにもなりましたね。特にヤングアダルト向け文庫に多い。ルビがないと、なんて読むのだったかわからなくなりそうです。どう読むのでもいいやという気分になることもしばしば。自分の子供に変な名前を付けて喜んでいる親もたくさんいるようなご時世なので、小説の登場人物がどんな名前でもいいようになったとも言えるかもしれません。みんなが変なら、変な名前にコンプレックスを抱くこともないでしょう。人がその名前を背負うように、登場人物も名前を背負っているわけで、ものすごく変な名前をつけられた人物は、そりゃ性格も一筋縄ではいかんだろう、というようなことまで考えて、名前を付けたりはしていないんでしょうね、作家というのは。
 それから、最近、「京介」という名前がほかのミステリに出て来たりするとちょっと気になる。まったく違うキャラでも、これって意識しているのか、なんて。篠田さんだってそういうのを見つけると、やっぱり気になりますよね?
 二年越しの話になりましたけど、作中人物のネーミングの話に、どうか今度はたどり着いてください。

篠田真由美から石堂藍へ
石堂藍様 2002年7月13日
 本当に久しぶりの「大火通信」ですね。しかし今や「大火」という文字を見たり打ったりするだけで、暑さを感じてしまう季節です。ご存じの通り、篠田は馬鹿みたいな暑がりですから。それもどんどんひどくなるようです。
 お話は色のことから名前へと転がっていきますが、両方を話題にしていると長くて散漫になってしまいそうなので、前者は枕と考えて名前の話をしましょう。それも現実は置いて小説のことです。
 私は小説で、登場人物の名前というのはとても重要なことだと思っています。名前にまつわる魔術的な力というのはファンタジーではおなじみのテーマですが、私の場合建築探偵や歴史物のミステリでも、名前にまつわるエピソードや、登場人物が自分の名にこだわったりするモチーフが繰り返されているのは、思い出していただけるでしょう。
 それはひとつには、ことばで作る物語の世界では、名前が人物の顔の代わりをするからです。滝沢馬琴の『八犬伝』で、特に脇役など役割そのままの名前がつけられているというのは本で読みました。それをもう一度ひねれば、名前と自分に違和感を覚える人物という、ひとつの性格描写が浮かんでくるわけです。
 自作から例を挙げれば、『祝福の園の殺人』の探偵役グエルチーノはやぶにらみ、つまり人とは違った角度でものを見るというかなりストレートな役割と名前の結びつきがあり、ワトソン役の少女オルテンシアは、おしゃべりで元気な少女という性格と紫陽花の花という違和感、さらにそれが男名前のオラツィオの変容であるという、女の子として望まれなかった自分の痛み、しかしオラツィオとは詩人ホラティウスのことで、彼女の性格は雄弁家ホラティウスがよりふさわしいという、もうひとひねりがあります。
 もちろん、ここまで来ると作者のお遊び的な側面もありますが、人物描写の厚みを支える一助にはなっていると思います。実をいってこの時代、紫陽花はまだイタリアに来ていなかったということが後でわかったのですが、文庫も出てしまった後なのであちゃーでした(笑)。
 前にしゃべったかどうか覚えていないのですが、「蒼」と「アスゥル」が同じ名前だとは、私は考えないのです。だって、意味は重なっても音が違うでしょ。名前の場合、意味以上に音というのは大きな力を持っていると、私は思うのですよ。「蒼」は「AO」なの。その音が好き。だから強いていえば「A」の音が好きなのかも知れない。実のところ「蒼」という名前を思いつくには、しょうもないきっかけがなくもないのですが、それは公開しないことにします。読者の夢を壊してはいけないと思って。すでに建築探偵のキャラは、私だけのものではないですし。
「桜井京介」なんて名前も、実にいい加減に、というか、はらほろひれ、と出来てしまいましたしね。半沢氏が言い出した「京介」という名前に一も二もなく「桜井」とつけたときは何にも考えてなかったのだけれど、つい最近「そういえばそんなタイトルのマンガがあったよなー」などと思いました。池田理代子の『桜京』という。登場人物の名前が、姓は桜、名は京。別にそれがすごく好きであったわけではないんですが。
 神林さんの「どこにもない、ちょっとズレた世界、それゆえのないような名前」というのは、これはもう絶妙の言語感覚がなくては創出できないわけです。「ありそうな名前」か「歴然と変な名前」か、凡人はどっちかしかできない。私は選択的に前者を選んでおります。
 それはひとつには完全な架空世界を構築する神林さんと違って、私の作品世界の方がより現実依存度が高いから、ということもあるかと思います。建築探偵の世界は建築基準法に違反しているとクレームがつくくらいには現実的なもののようですし、他もほとんどは現実に依拠した伝奇的な世界です。つまり名前というのは、作品世界の性格と切っても切れないものなわけです。
「ありそうでいながら、そこそこ印象的で美しい字面と響きを持つ名前」が、自分的には理想ということになります。そういう意味で、「桜井京介」というのはまあわりとうまくいった名前だと思います。だいたい、あまり考え抜いたようなものより、なんてことなく出てきた名前の方がいいものですしね。
 非常に人工的な名前、けったいな名前、難読名前というのも、別に作品世界とマッチしていればどうこういうものではないでしょう。清涼院流水氏が「九十九十九(つくもじゅうく)」という名の絶世の美形探偵を出してきて、彼はあまりの美しさに見た人が失神して危険だからサングラスをかけるよう政府命令が出ているという。これはこれでよろしいのじゃないでしょうか。私の作品世界はそこまでマンガちっくではないので、名前も必然的にさりげないものになる。
 そして、さりげない名前なら重なることはいくらでもあります。「青」というのは他にもよくあるらしくて、私はひとつしか見ていませんが、ボーイズラブ小説の主人公でした。「京介」なら登場人物より、ポルノ作家の「神崎京介」氏がよく目に入ります。まったく気にならないとはいいませんが、気にしたところでしょうがないですよね。さすがに同姓同名だったら、もうちょっと嫌かも知れないけど。
 むしろ名前より、主人公の設定が近しかったりする方が気になります。どれとはいいませんが、妙にトラウマ持ちの美形探偵があちこちで目につくような気がして。でも、それこそいってもしょうがないことだしね。真のオリジナリティなんてどこにもないんだ、自分も含めて。