明石町便り

須永朝彦情報

■著作撰(書影集)
■入手可能著書一覧
■明石町便り更新12/12/12
■バックナンバー更新11/5/23

須永朝彦バックナンバー

1・日影丈吉
◆給仕少年の推奨献立
◆色のない絵具
◆さまよへる悪霊、或は屈託多き女
◆日影さんのこと

2・井上保&森茉莉
◆殉情は流るゝ清水のごとく
◆Anders als die Anderen
◆『マドモアゼル ルウルウ』奇談

3・泉鏡花
◆魔界の哀愁

4・堀口大學
◆堀口先生のこと

5・足穂&乱歩
◆天狗、少年ほか

6・郡司正勝
◆郡司先生の憂鬱ほか

7・菊地秀行&小泉喜美子
◆美貌の都・月影に咲く蘭の花

8・高柳重信&中村苑子
◆るんば・たんば・『水妖詞館』の頃

9・バレエ
◆アンドロギュヌスの魅惑

10・ディートリッヒ
◆蛾眉

11・内田百間
◆片づかない氣持がする

12・和歌・短歌
◆戀の歌とジェンダー

明石町便り

明石町便り1
明石町便り2
明石町便り3
明石町便り4
明石町便り5
明石町便り6
明石町便り7
明石町便り8
番外篇
明石町便り9
明石町便り10
明石町便り11
明石町便り12
明石町便り13
明石町便り14
明石町便り15
明石町便り16
明石町便り17
明石町便り18
明石町便り18・續
明石町便り18・續々
明石町便り19
明石町便り19・續
明石町便り20
明石町便り21
明石町便り22

《明石町便り8  2002/11/20 改正版》


★大山詣
神奈川県の丹沢山系に〈大山〉といふ霊山(?)がありまして、近世には江戸の市民が〈大山参り〉と称して泊まりがけで参詣した歴史があり、それは近代にも引き継がれ、落語などにも出てまゐります。神信心とは縁遠き私ではありますが、一度くらゐは行つてみようと甚だ漠然と想つてゐました。9月に今井佐和子さんと大野佐恵さんに町田を案内して頂いた時、秦野にお住まひの大野姉さんに大山の事を尋ねましたら、秦野からも登れると伺ひ、俄に出かける気になりました。お二人が御一緒して下さるといふので、10月10日(姉さん曰く「年間で最も晴天の確率が高い日」だとか)に行つて参りました。
事前に姉さんが現地の略図など送つて下さつたのですが、一見して、考えが甘かつた事を悟りました。大山は千メートルを越す高山で(あ、知らなかつた)、どの登山コースを選んでも往復3時間以上はかかり、足腰が柔(やは)な私には到底踏破は無理。結局、山頂の本社へ詣でるのは諦め、ケーブルカーで行ける中腹の下社まで行く事に……。小田急の伊勢原駅で待ち合せて、まづ参詣口行のバスに乗り、終点の一つ前で降り、姉さんが予約しておいて下さつた豆腐料理店(大山は水がよいのか、豆腐が名物なんですね)にて豆腐尽しの昼食の御馳走に与かりました。そこから渓流に沿うた道を終点まで歩きましたが、直ぐケーブルカーに乗れる訣ではなく、両側に土産物屋が櫛比する参道(殆ど階段)を徒歩にてまた暫く登り、さて漸くケーブルカーに乗車、僅か6分で中腹に到着。眼下に広がる街を見なければ、深山の神社の境内といふ趣です。30分ほど逍遙して参詣口まで下ると、姉さんの御夫君(歯医者さんで、この日は定休日の由)が待つてゐて下さり、車で秦野の弘法山公園に案内して頂きました。こちらも寔に素晴しい眺望で、江ノ島や三浦半島が見えました。靄や雲が無ければ、房総半島や富士山も見えるさうです。薄をはじめ秋草が半ば自然の儘に眺められ、野生の藤袴や男郎花(おとこへし)など、実に久しぶりに見る事が出来ました。今井さん撮影の薄の群生を御覧に入れます。秦野駅に程近い姉さんのお宅(今井さん曰く「映画の〈ぼくのおじさんの家〉みたい」)にて茶菓を頂き、5時過ぎ帰途に。今井さんと町田のブックオフに寄り、閉店まで粘つて、河野多恵子の『後日の話』その他、コミックスなど10冊余(全て百円)を入手。疲れは覚えましたが、楽しき秋の一日でありました。

弘法山の秋草
弘法山の秋草

★逆ぢやない?――唖然とさせられたこと(1)
 河野多恵子さんと言へば、このたび〈文化功労者〉ださうで、その事については別に異議を差し挟むつもりはありませんが、同時に発表された文化勲章の授賞者に杉本苑子さんの名があつたので、大いに首を捻りました。私は、この二人の作品はかなり読んでゐて、相応に評価も致してをりますが、純文学とかエンターテインメントとかの概念を顧慮せずとも、この顕彰は逆であるべきだと思つたのです。杉本さんが77歳、河野さんが76歳、まさか年の順といふ事ではありますまい。因みに河野さんの作品(読んでゐる時に受ける圧迫感といふか息苦しさは無類、感じは、ちよつとパトリシア・ハイスミスに似てゐると思ふんですけど……)では短篇「劇場」や中篇『妖術』、杉本さんの作品(時代物はケアレス・ミステイクが目立ちます)では短篇「珠の段」が好きです。
顕彰や賞の裏側には多かれ少なかれ情実が纏はると聞きますし、また近年の文化勲章には「あれッ?」と思ふ例も多々ありますよね。文化勲章にも選衡委員があつて、亡き郡司正勝先生も務めてをられましたが、委員の名は部外秘にも関はらず外に漏れて(顕彰を望む人達が政治家を通じて役人から聞き出すらしい)、委員の許には種々コンタクトがあるやうで、私もその現場を目撃しました。或る服飾デザイナーが文化功労者に選ばれた時、郡司先生曰く「洋裁士に上げれば、板前や大工も欲しがるやうになる」云々。

★『ゴーメンガースト』が見たい!
 前便に、英国BBCが映像化した『ゴーメンカースト』(マーヴィン・ピーク原作)のビデオ&DVDが発売された事を記しておきましたが、この情報は今井佐和子さんが教えて下さつたもので、その後、原作の3部作に傾倒してゐる服部正さんが見えた時、情報提供のつもりで「漸くソフトが出ましたよ」と教えて上げたところ、「フフン」とお笑ひになつて、徐ろにポケットから何やら紙片を取り出すではありませんか。見れば、DVDの予約伝票の控へで、「これから、帰りに銀座の山野楽器に寄つて、受け取るんだもん」ですつて。流石にマニアは違ふなと感心、でもDVDぢやあデッキを持つてゐない私は拝借して見る事が出来ない! その後、暫く経つてから感想を窺つたら、中々の出来ばえださうで、特にグローン伯爵夫人ガートルードを演ずる女優が素晴しく、また主役のスティアパイクに扮した役者も悪くないとのこと。あゝ見たい! 誰方か、ビデオ版をお持ちでしたら、貸して下さいませんか(自己購入の余裕があれば、お願ひ致しません)。

★スチュアート君が素敵
 映画と言へば、アン・ライス原作の《ヴァンパイア・クロニクル》シリーズの映画化第2作『クイーン・オヴ・ザ・ヴァンパイア』を見ました。朝日の講座に来て下さる方の中にヴァンパイア・フリークの仲良し3人組(内田夕紀子さん、竹内理奈さん、大串京子さん)がいらして、初日の初回に御覧になつた(ウム、流石はマニア)と伺ひ、私も他の受講者の方を誘つて見に行く事に決め、今井さんに前売券の手配をお願ひして安心してゐたら、今井さんから「ロードショーが11月1日で打ち切りになります」との御連絡があり、慌てて10月31日に築地の東劇へ(映画館は住居から近いといふ理由で、私が勝手に決めてしまひました)。大野姉さんは御都合よろしからず、今井さんと小坂香織さんが付合つて下さいました(映画館・劇場・レストランの類には独りで入るのが厭なんです)。映画は『ヴァンパイア・レスタト』と『呪われし者の女王』を1本に脚色してあり、まあまあの出来ばえですが、レスタトを演ずる愛蘭(アイルランド)出身のスチュアート・タウンゼントが文字通りの〈暗い美青年〉で、皆さんの御同意が得られるかどうかは別として、私の眼には、吸血鬼映像史上最も美しきヴァンパイアと映りました。

★美術の秋?
この秋は、ちよつといい美術展が幾つか始まりましたね。2箇所観て参りました。いずれも今井さんから招待券を頂戴しましたが、その後、今井さんは美術関係の出版社をお辞めになつた由、これからは自前で観賞せねばなりませぬ。まづ10月18日に上野・西洋美術館の《ウィンスロップ・コレクション》展へ、吉村明彦・久美子御夫妻、森野薫子さんと出かけました。このコレクションはハーバート大学から外へ出た事が無い由、19世紀の英仏絵画ばかりですから、『幻想文学』の読者の方にはお薦めできます。お目当てのラファエル前派やキュスターヴ・モローの他、ウィリアム・ブレイクやアングルなど、ビアズリーの『サロメ』挿絵の原画も10点展示されてゐます。特にバーン=ジョーンズの「深海」や「昼」、シメオン・ソロモンのデッサン2点、ホイッスラーの「青と銀のノクターン」などに魅せられましたが、これらの絵葉書は売つてません。私が気に入つた作品で絵葉書になつてゐたのはワッツの「サー・ガラハッド」(円卓の騎士です)だけでした。「昼」は青年像で、女性像の「夜」と対なのですが、「夜」のみ絵葉書になつてゐて、納得がゆかない。印刷の色もヘンだ、責任者、出て来い! 観賞後、関西育ちの薫子さんが浅草に行つた事がないと仰るので、徒歩で合羽橋の道具屋街を通つて浅草寺へ。六区から浅草公園へ入つた辺りに歌舞伎の揚巻・助六の写真撮影用パネル(頭の部分に穴が開いてゐて、そこに首を入れる)があつて、歌舞伎好きの吉村さんは喜々として首をお入れになり(それも揚巻の方に)被写体と化しました。私も勧められたのですが、珍妙なる写真が後世に残つては困るので断固として拒否しました。
その後、10月29日に東京芸大美術館の《ウィーン美術史美術館名品展》へ、曽根睦子さん、村上佳子さん、森野薫子さん、吉村明彦さん(因みに御一緒する方は、平日の昼間に外出可能の方ばかりであります)と出かけました。こちらはハプスブルク家の蒐集品ですから、ルネサンス&バロック期の名品が綺羅星の如く並んでゐて、デューラーやベラスケスからアルチンボルドまで堪能できます。絵葉書の撰定も悪くない。ただ、喉飴を皆さんに配つてゐたら、受付の女性が跳んできて「館内での飲食は御遠慮願ひます」と切口上。こんな経験は初めてです。飴くらゐ舐めたつていいだらうが!

★批評家のおざなり――唖然とさせられたこと(2)
文芸評論家のS・A氏が『東京新聞』文化欄に毎月「時代小説評判記」なる月評を書いてゐる。ざつと目を通すと、常に採り上げた作品に対して驚愕・感服する体であります。好もしい作のみを採り上げてゐるのかも知れませんが、あまりにも手放しに驚き且つ褒めるものですから、私としては聊か胡散臭さを覚えてをりました。時に、11月1日夕刊の記事では、京極夏彦さんの『覘き小平次』を採り上げて曰く「……を読んで、私はびっくりした。こんな内容の時代小説を、私はこれまで読んだことがない」云々。これを読んで、私の方こそびつくりしてしまひました。京極さんの新作は、申さば山東京伝の『復讐奇談安積沼』の書替であります(無論、京極さん独自の味つけがなされてゐる訣ですが)。小平次の幽霊譚は、京伝以後にも芝居や草双紙として度々再生され、近代にも鈴木泉三郎が戯曲「生きてゐる小平次」を書き、これも舞台に載り、また中川信夫が映画化もしてゐます。A氏の評文を読むと、どうやら氏は小平次について何も御存じ無いらしい。くだくだしくなるので引用は控へますが、京極さんの新作を絶賛する評文も案の定的外れ。仮にも時代小説の月旦を引き受ける人が、こんな体たらくでよろしいのか、天真爛漫とでも言ひたくなるほどの無知さ加減に、私は唖然としたのであります。
同じく東京新聞文化欄のコラム「大波小波」で、いまや引く手あまたの評論家Y・T氏が揶揄されてゐました。何でも、かつて或る週刊誌のコラムに「澁澤龍彦が中井英夫の追悼文を書いている」云々と筆を走らせてしまつたらしいのです。私は「大波小波」の記事を読んだだけで、肝心のT氏の文章を読んでゐませんから、これ以上は言ひ募りませんが、澁澤さんや中井さんの愛読者が読んだら、さぞ目を白黒させる事でせうね。

★新刊・植物など
 1箇月遅れてしまひましたが、10月下旬に《江戸の伝奇小説》第3巻『飛騨匠物語・絵本玉藻譚』を刊行致しました。前便にて申しました通り、今回は挿絵がベラボーに多くて550頁の大冊になつてしまひましたが、装丁・挿絵とも美しく仕上がりましたので、お気が向かれましたら御覧下さいますやう。次回は1月下旬に第5巻『報仇奇談自来也説話・近世怪談霜夜星』を刊行する予定であります。
国書刊行会の《日影丈吉全集》も、今月中に第2回配本第6巻『短篇小説3』が出るとのこと、また四谷シモンさんの自伝『人形作家』も講談社から月末に刊行されますよ。既刊では多田智満子さんのエッセイ集『犬隠しの庭』(平凡社)をお薦めします。
露台の植物は、もう今年最後の花といふ感じで、ネリネ・クリスパ(南アフリカ原産のリコリス)、西洋鳥兜、菊などが咲いてゐますが、このところの低温で例年より花期が長いやうです。この秋に撮影したものを何枚か御覧に供します。まづ、夜に撮影した白花曼珠沙華の写真がちよつと佳いのでお目にかけます。薄はただのススキではございません、葉に矢羽根状の斑(ふ)が出るもので、矢筈薄(ヤハズススキ)と申します。それから、花忍(ハナシノブ)科のコバエア、これは蔓生で、錐状花をつける花忍とは似ても似つかぬ珍しき花形。去年、菅原多喜夫さんから頂戴したものですが、今年の初夏に初めて花を一つつけました。これで終りかと思つてゐたら、秋も半ばに至つて俄に数多の蕾をつけ、15以上も開花、今もまだ5つくらゐ咲いてをります。私にも全く未知の花で、未だに名前さへ覚えられぬ始末であります。
例年に比べて急速に寒くなつてしまひました。風邪など召されぬやう、御大切に。次は年末か年始に更新したいと思びますが、如何なりますか……。11月8日

夜の白曼珠沙華
夜の白曼珠沙華

矢筈薄 
矢筈薄

コバエア
  コバエア