明石町便り

須永朝彦情報

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■明石町便り更新12/12/12
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須永朝彦バックナンバー

1・日影丈吉
◆給仕少年の推奨献立
◆色のない絵具
◆さまよへる悪霊、或は屈託多き女
◆日影さんのこと

2・井上保&森茉莉
◆殉情は流るゝ清水のごとく
◆Anders als die Anderen
◆『マドモアゼル ルウルウ』奇談

3・泉鏡花
◆魔界の哀愁

4・堀口大學
◆堀口先生のこと

5・足穂&乱歩
◆天狗、少年ほか

6・郡司正勝
◆郡司先生の憂鬱ほか

7・菊地秀行&小泉喜美子
◆美貌の都・月影に咲く蘭の花

8・高柳重信&中村苑子
◆るんば・たんば・『水妖詞館』の頃

9・バレエ
◆アンドロギュヌスの魅惑

10・ディートリッヒ
◆蛾眉

11・内田百間
◆片づかない氣持がする

12・和歌・短歌
◆戀の歌とジェンダー

明石町便り

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明石町便り18・續々
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明石町便り19・續
明石町便り20
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明石町便り22

《明石町便り11  2003/7/19》


★肩関節周囲炎?
初めは腱鞘炎かと思つたのです。7月の末頃、右手の甲、中指と無名指(くすりゆび)の延長線上にちりちりと厭な感覚が奔り始めました。3月からパソコンを始めて、マウスといふものを初めて操り、あまり使つた事もない中指を酷使したせゐだらうなどと軽く考へてゐたのですが、やがて腕に痛みが奔り始め、それは肘から上搏、更には肩へと及び、夏の終りには腕が肩まで上がらなくなりました。重い物が持てなくなり、髪や顔を洗ふ・壜の蓋を開ける・手を延ばして物を取る・引戸を開閉する……などといふ事が難儀になりました。ワープロのキーを打つと一々肩に響き、右手全体がだるくなります。
折しも朝日カルチャーセンターにて【大江戸の怪談】を開講した時期に重なります。開始に先立つて、センターの米山ゆかさん〔歌舞伎がお好き〕と談笑した際に、「まるまる1回分は『四谷怪談』のお話だから、左門町の於岩稲荷へお参りに行つた方がいゝでせうねえ」などと言つておきながら、結局、詣でる事を怠つてしまつたのです。私は決して迷信深い人間ではないのですが、こと『四谷怪談』に関しては、お芝居の世界の人達からいろいろと奇怪(きつかい)なる《事実》を聴かされてゐたものですから、肩が上がらなくなつた時には、流石に気になりましたねえ。
悪くなる一方なので、9月の初め、お隣の聖路加病院に出向き診て貰つたところ、「肩関節周囲炎」といふ診断。聞き馴れぬ病名に私は「?」。その表情に気づいた医師が「俗に言ふ五十肩ですよ」と言つて、「病因は未だ解明されてゐない、従つて効果的な治療法も無い」などといふ事を説明してくれました。痛み止めの薬〔胃薬も一緒に〕をどつさり貰ひましたが、これが殆ど効かない。インターネットで検索をかけてみると、何万も出て来て、経験談に絞つても何千といふ数……、一々見る気力が湧きませんでしたよ。
私は己の不幸を大袈裟に訴へるタイプですから、聞かされた方はさぞ御迷惑であつたらうと思はれます。でも、この症状に襲はれた方は珍しくないやうで、《黒死館徘徊録》の管理人・素天堂、漫画家の藍まりとさんの御夫君、詩人で仏文学者の白鳥友彦さん、横山茂雄さん〔『日影丈吉全集』全巻の解題を御担当〕などの経験談を直接間接に伺ふ事が出来ました。お話を綜合すると、まづ「何を試みても無駄」、そして「或る日、突然に治癒する」といふ事でした。短くて半年、長引けば1年の余、ともかくひたすら我慢するより致し方なきものゝやうであります。
早や師走も半ばを過ぎましたが、未だ回復の兆しはありません。この間(かん)、私的事情により週に3~4日家を空ける事が続いたり、突如歯痛に見舞はれて通院する羽目になつたり、更にはネットのオークションで漸く入手した親指シフトのワープロが不調になつたり……、三重苦・四重苦に陥る始末で、お仕事は滞りつぱなしであります。普段は手厳しい国書刊行会の芋崎偏執長も流石に哀れを催された御様子にて、最近は優しく接して下さいます。
かゝる有様にて今年は散々、【明石町便り】も中々更新出来ませんでしたが、ここに至つて多少明るき兆しが見えてまゐりました。歯の方は未だ通院中ながら、院長(苦み走つた、ちよつと素敵な……)の手腕で駆け込んだその日に痛みはぴたりと止まり、問題ありません。家を空けねばならぬ事情もほゞ解決に至りました。ワープロも despera の掲示板に載せて貰つた探索広告を御覧になつた名古屋の高橋正義さん(中村区名駅にて書店・書物の森、出版書肆・人間社を御経営)が無料で2台も譲つて下さいました。他にも、可野由花さんが1台探し出して下さり、また小川功さんの御尽力にてネットオークションで1台入手が叶ひましたので、当分は安心であります。あとは五十肩の治癒を待つばかりといふ所まで何とか漕ぎ着けました。現在、聖路加病院のリハビリセンターに通つてゐますが、前は90度まで、横は70度までしか腕が上がりません。

★見聞&会合略録
かくの如く不幸なる日々を送つてをりましたので、物見遊山や会合出席も少なうございましたが、全く無かつた訳でもないので、以下にざつと報告(?)致しておきます。7月は欝クン〔ジャック=講座の受講者〕にお附き合ひ願つて展覧会を二つ観ました。19日には新装成つた東京古書会館の《江戸川乱歩蔵書展》、これは無料で、如何にも古書会館の催事として相応しいものでした。主たる展示物は明治初期の翻訳・翻案物ですが、大乱歩が金に糸目を付けずに蒐集したものゆゑ、流石に美本揃ひ、初めて目にするものが殆どで溜息が出ましたよ。私としては和本の蔵書が見たかつた! 『白縫譚』の全冊揃なんて嘸や美しきものでありませう。
21日には初台のオペラシティ・ギャラリーの《江戸の音楽、百花繚乱》を見ました。音曲に関する錦絵ばかり集めた珍しい展示、幕末のものが多かつたですね。錦絵刷師の実演もありましたが、ここだけ黒山の人だかり。
8月は苦悩苦痛の裡に打ち過ぎ、30日に漸く渋谷 Bunkamura-gallery の建石修志さんの《月の庭を巡って》を見に出かけました。点数が多くて見甲斐がありましたねえ。建石さんや川島さんとゆつくりお話できて、久々に気が霽れました。東雅夫〔元〕変酋長は1点御購入とか、景気がよささうで羨ましい限りです。勿論、私も欲しいけど、よく考へたら壁面は全て書架に占領されてゐて懸けるべき空間がありません。
9月も凝(じつ)と耐へる日々。27日に稲田雅子嬢を誘つて、銀座・松屋の《歌舞伎美の世界展》へ。今年は歌舞伎発祥400年とかで種々行事が催されました〔私のやうな者でも歌舞伎の講座を二つこなしましたからね〕が、肝心の興行の方は、相変らずお座なりな狂言立〔きやうげんだて=プログラム〕に終始して見るべきものが少なうございました。近年の演目は専ら興行者と役者の都合で決められてゐる観があり、観客の要望は殆ど反映されませんね。《歌舞伎美の世界展》も、発祥400年記念の一環として催された衣裳・小道具展ですが、これは大変結構な展示でした。間近に観て、更めて歌舞伎衣裳の優れた意匠に感心。例を挙げれば、襟巻蜥蜴を想はせる襟の付いた和風寛衣(ガウン)とでも申すべき小忌衣〔おみごろも=大名役などが着用〕など、誰が考へたのか、実に見事なデザインだと思ひます。案の定、観客は中高年の御婦人ばかり、こんな素晴しいものを何故若者は見ないのでせう……。
10月4日、講座【大江戸の怪談】の終了を承け、despera の一角を拝借して恒例(?)の懇親会を開催。この日はゲストの素天堂が珍しい内田善美コレクションを持参、これには曾て内田善美の漫画に胸をときめかせたお嬢さんたちも大喜び、内田談義でひとしきり盛り上がりました。とくに、オサビシ山の絹太姉さんは飲食も忘れて初版本や切抜に見入り、一入感激の御様子。まあこれで、私も素天堂を呼んだ甲斐があつたと申すものであります。紫宮葵さん〔講談社X文庫・角川ビーンズ文庫などで活躍中〕にはいつも差し入れを頂き恐縮至極、今回のお菓子も美味しかつたですよ。
11月3日、晴の特異日だといふのに生憎の曇天で小雨もぱらぱら……。サバトの会の面々〔カルチャーセンター受講者の仲良したちが結成。因みに私は会員ではありません〕と《フェアリー・テール 妖精たちの物語》鑑賞ツアー、参加者は欝クン・絹太姉さん・市川姫・妄想男爵。池袋駅の埼京線ホームにて待ち合せ、赤羽で京浜東北線に乗り換へて北浦和の埼玉県立美術館へ。明石町から、けつかう遠かつたですねえ。でも、秦野や中央林間からいらした方々の事を思へば文句は申せません。私が言ひ出しつぺだつたのですが、妖精の絵といふのは殆どが有翼少女(なんで少年の絵が無いんだ!)、どれも似たり寄つたりで退屈ですねえ。ワルター・クレインとか来てゐるのかと期待してゐたのに、これも無い。ただ、妖精に憑かれたドイルー族に関する展示は、ちよつと面白かつたですよ。絵よりも寧ろ書物に見るべきものが多かつたのですが、大方が井村君江御夫妻の蔵書、貴重なものを沢山お持ちなんですねえ。鑑賞後、事前に地元(?)の川島さんから教へて頂いた駅前の飲茶(やむちや)店へ。店主が中国茶の淹れ方を講師調で得々と説明するのが可笑しかつた。面々はツアー不参加の鳥兜嬢に出す〈呪ひの葉書〉を作成、何のことはない寄せ書きみたいなものですが、真中が埋まらないといふので、私が「咒」といふ字を書き入れてあげました。
21日、服部正さんが〈趣味の古書展〉にお出かけと聞いたので、「帰りに銀座のMIKIMOTOギャラリーで高円宮の根附コレクションを見ませんか」と誘ひ、神田駿河台下の古書会館で待ち合せ。もし廉価の掘出物を何冊も入手出来た時は銀座まで荷物を持つて貰はうといふ下心もあつたのです。服部さんは高さうな本を何冊もお需めでしたが、私の獲物は幸か不幸か左手で持てる程度。さて、高円宮のコレクションは江戸の物から現代の作品まで相当の点数、中々佳いものがあり、根附には些かうるさい服部さんも御満足の態でした。松崎煎餅の茶房で休憩、こゝはいつも静かで穴場ですよ。
12月6日、吉村邸にて久々に倶楽部トランシルヴァニアの会合。去年の7月以来ですから1年5箇月ぶりです。5月に吉村明彦さんが初めての御本『ナロー・ポルシェの憂鬱』を刊行なすつたので、「お祝を兼ねて一度集まりませう」と礒崎純一さんとも話してゐたのですが、私に不如意なる事が続々と出来(しゆつたい)したものですから延び延びになつてしまつたのです。本来ならば、私の所で催すべきところ、祝はれる御本人のお宅を拝借する始末、慙愧に堪へません。雨天といふ天気予報ゆゑ、持参予定の酒類などを前日に宅配便で送り出したのに、当日は雨の気配なし。お立ち寄り下さつた小川功さん〔私の右手不調を心配して下さつたのです〕と一緒にお訪ねしましたが、もう皆さんお揃ひでした。服部正さん、東雅夫さん、それに今回は南篠竹則さんも御出席。吉村さんのお持てなしを得て和気藹々(?)の宴……だつたと思ふのですが、恐ろしや記憶が半ば欠落してゐるのです! 宴甜(たけなは)の頃、私が送つておいた新潟の銘酒が卓上に上つたのですが、ワインを頂いたあとに日本酒を飲むと悪酔ひするといふ自覚があつたので、飲むつもりはありませんでした。ところが、酒通・食通の〈でふ氏=南條さん〉が「これは旨い」と仰り、皆さんも同調されたものですから、元来が口の卑しい私は「一口だけなら」と心の裡に言訳しつゝ、一口どころか一合近く飲んでしまつたらしいのです。案の定、帰りに気分が悪くなり、小川さんに御心配をかけたやうです。然し本当に驚いたのは翌日です。朝湯に漬かつて酔を醒ましたあと、パソコンを開けてメールをチェックしたところ、吉村さんからメールが届いてゐたので、さて何事ならんと一読、愕然としました。詳細は端折りますが、そこには全く記憶に無い前夜の事が記されてゐたのであります。その後、偶々電話を下さつた芋崎偏執長にこの件を訴へたら、「その話題は未だ早い時間に出たものですよ。ヤバイですねえ。ぢやあ帰り際に、でふ氏と握手した事も覚えてないんですか?」云々、えゝ覚えてをりませんとも! 久しぶりに南條さんに拝眉して嬉しかつたものだから〔気功の心得を活かして暫し私の腕にお手を当てて下さいました〕、執拗に握手を求めたらしいのです。自己嫌悪に駆られ、立ち直るのに2~3日かゝりました。
今回は記すべき私的情報が少ないので、気になる(?)新刊情報をお届け致します。

★人形作品集『Metamorphosis』
人形作家の曽根睦子さんが念願の作品写真集を刊行なさつたので紹介致します。曽根さんがこの事を思ひ立たれたのはだいぶ以前の事であります。折角お出しになるのなら……と、まだ御元気でいらした郡司正勝先生が「一筆書きませう」と仰り、私も腰折歌の一首も献じたく思ひ、また石黒紀夫さんや吉村さんも協力なさるといふ事になつたのでしたが、私たちは世事にかまけて「そのうちに」と遣り過し、また曽根さんも遠慮なすつて催促されないものだから中々進捗を見ず、結局、曽根さんは自力で事を運ばれたのでした。
曽根さんとは30年近いお付合になると思ひますが、初めて作品を拝見した時から、その独特の浪曼性、また幻想的な佇まひに魅せられてまゐりました。衣裳や小道具(?)に見られる精緻なセンスも比類がありません。私が曽根さんの人形に魅せられるのは、例へば男の美貌の質(たち)に対する好みなど、感性に多々共通するものを有してゐるからかも知れません。一体だけですが、私も所有してをりますよ。この作品集は、曽根さんが厳選なすつた24体の人形のフォト〔撮影は宮尾飛古さん〕をA5判のカードに仕立てて畳(たたう)状の折箱に収納したもので、限定300部、頒価3500円です。購入を希望される方には取り次ぎますので、メールにてご連絡ください。
曽根さんがパーティを開きたいと仰つたので、渡邊一考さんにお願ひして日曜日にお店を開けて頂き11月16日、desperaにて無事催す事が出来ました。曽根さん〔多分、私よりも年長〕は今年の夏から独力でパソコンを習得なさり、案内状の作成など全て御自分でなさいました。異変に遭遇するたびに大騒ぎしてヒロ先生〔飯田克比呂さん〕に訴へる私などと違つて、本当にお偉いと思ひます。

人形作品
◇須永所有作品◇
人形作品

●山尾悠子さんの連作短篇集
メル友〔ハンドルネームで遣り取りしてまーす〕の山尾さんが待望の新作『ラピスラズリ』を上梓なさいました〔国書刊行会*本体\2800〕。出来ばえは、私などがとやかく申すまでもなく、干天の慈雨の如き御本であります。川島さんは「呀といふ間に読み終つてしまひましたよ、ずゐぶん削られたんぢやないでせうか」なんて仰いましたが、確かに長きに亙り推敲に腐心なすつた御様子ですよ。巷には既に絶讃の声が澎湃と湧き起つてをり、多少とも御苦心のほどを知る私としては心底より喜んでをります。
山尾さんの達ての御希望で、表紙にはワッツの〈hope〉〔この絵の実物を1989年の《ヴィクトリア朝の絵画》展で見ました〕が貼り込まれてゐますが、造本は近来稀にみる美しい仕上がり。芋崎偏執長、気張りましたねえ。偏執長は「仕事の遅い山尾・須永には常々悩まされてゐる」と宣ひ、屡々叱責を飛ばしてくるのですが、肝心の時には力(りき)を入れて下さいます。東さんが店長を勤めるオンライン書店bk1の《怪奇幻想ブックストア》、また国書刊行会のホームページには著者インタビューが掲載されてゐますので、未読の方はこれを御覧になつて是非御講読のほどを。
現在、山尾さんは長篇ファンタジーの翻訳〔共訳の由〕に携はつてをられます。近々、名訳に接することが出来る筈ゆゑ、どうぞお楽しみに。
『ラピスラズリ』

★とりマイアさんの新作&漫画原稿を守る会
漫画家の藍まりとさんが暫くお仕事を休まれる由、とりマイア名義で執筆されてゐた長篇《星の館シリーズ》も完結に至り、最終巻『奴隷達の条件』が刊行されました〔光彩書房*\1200〕。このシリーズはレザー・ボンデージの妖しい世界を描いたものゆゑ、或は読者を逆選別するかも知れませんが、boys-loveジャンルの漫画として永く残る記念碑的作品だと思ひます。興味を持たれる方は是非御一読を。
現在、漫画界では出版社から流出した生原稿の事が問題になつてをり、まりとさんもこの件に真剣に取り組んでをられます。原稿が作家の許に戻されず、一部の心無い編集者の手によつて漫画専門店に売り払はれるといふ由々しき事態に至つてゐるのです〔原稿を欲しがるマニアの存在が斯様な事態を引き起す訳です〕。文章作家の多くは今や殆どパソコンやワープロを用ひてゐるので、原稿流出といふ話も聞かれない〔曾ては頻繁にあつたのですよ〕のですが、漫画家さんは手描きを続けるほかないのですから、事は重大ですよね。《漫画原稿を守る会》では他ジャンルからの賛同者も募つてをり、私も署名致しました。最近、事情が好転して原稿が少し戻されたやうではありますが、出版社と作家の間の根本的問題は未だ解決を見てをりません。詳しくは下記の公式サイト、または藍まりとさんのホームページを御覧下さい。
*漫画原稿を守る会
*藍色楽園(アイイロランド)

『奴隷達の条件』

★稲生ものの集大成
アンソロジストとして怒涛の活躍を見せる東雅夫さん編纂の『稲生モノノケ大全――陰之巻』が出ました〔毎日新聞社*本体\5000〕。帯の惹句に曰く「古今の文人たちを熱狂させた怪奇事件の全貌と、そこに跳梁跋扈するモノノケに霊感を得て生まれた小説・戯曲・講談・随筆・漫画・絵巻等を集大成する史上空前の『稲生物怪録』アンソロジー」云々。A5版上製768頁の大冊であります。標題に「モノノケ」と片仮名が入るのが私の趣味には合はないのですが、惹句に嘘は無く、江戸期の原典はもとより、それぞれの現代語訳、また泉鏡花・折口信夫・稲垣足穂らの再話など、関連作品は悉く網羅されてをります。好評の裡に早や二刷も出ました。因みに私の平田篤胤本「稲生物怪録」現代語訳も収録されてをります。
稲生モノノケ大全

★相澤啓三さんの歌集
 こゝからは書影を掲げませんが、時間的に間に合はなかつただけの事で、何ら他意はございません〔私はスキャナーを所有してゐないので、写真は全てバカチョンで撮影したものであります。ついでに申しますと、この「明石町便り」はワープロで作成した原稿を、アトリエOCTAの管理人たる川島さんが更めて打ち込んで下さつてゐるのです〕。
詩人の相澤啓三さんが歌集『風の仕事』を上梓なさいました〔書肆山田*本体\3000〕。届いたのを披き見て、驚くといふより慌てゝしまひました。なぜ慌てたのかは、巧く説明出来ません。折々に短歌らしきものを物してをられた事は薄々存じ上げてはをりましたが、一冊の集として刊行なさるとはついぞ思ひ及びませんでした。私も一応〈歌人〉と称してゐる身でありますから、批評の如きは差し控へますが、巻頭に据ゑられた「かつて塔晶夫なりし人に寄せる哀歌」の副題を持つ〈黒鳥忌〉一連31首は、今後の中井英夫研究には欠く事の出来ぬ重要文献となるでせうね。

この地上にあるは誤りとあらがひし 天金の書は空に墜ちゆく

もろびとの痴愚をあばきし ハネギウス贋教皇は屍衣にことか

優越をねちこくきみが言ふために 青雲荘はいつも灰色

「大作家は誰? 鏡よ鏡」問ふ夜ごと 宴は孤独反芻(にれか)む地獄

青年を犯すともよし凌辱者の 愛技貧しきが記憶を穢す

  相澤さんは短歌・俳句に造詣の深き方〔母君はアララギ派の歌人〕ゆゑ、歌集上梓の弁を聴きたく思ひ、後記・跋文の類を探しましたが、潔いと申すべきか、見当りません。帯にそれらしい短文が刷られてゐます。これは出版者が草したものでせうが、作者の意を帯してゐると解すべきでありませう。

★ボブ・カランの吸血鬼短編集
下楠昌哉さんの訳に成るボブ・カランの短編集『アイリッシュ・ヴァンパイア』が刊行されました〔早川書房*本体\1700〕。カランは愛蘭土(アイルランド)出身の作家ですが、19世紀以来、レ・ファニュの『カーミラ』やブラム・ストーカーの『ドラキュラ』など、英国の吸血鬼小説は愛蘭土出身作家によつて書き継がれてきた観があります。下楠さんは夙に、「アイリッシュ・ヴァンパイア」と題する優れたエッセイに於いて、愛蘭土と吸血鬼との関はりに言及してをられますから、この短編集の訳者としては最適の方と申せませう〔件のエッセイは拙編に成る国書刊行会版『書物の王国12・吸血鬼』に再録〕。実は身辺が落ちつかぬため、未だ頂戴したまゝ拝読してゐないのですが、巷の評判は上々のやうで、何よりと存じます。私としては、お正月にゆるりと拝読いたすべく、楽しみにしてをります。

★大乱歩のリファレンスブック完結
三重県の名張市立図書館から《江戸川乱歩リファレンスブック》の第3巻として『江戸川乱歩著書目録』が刊行されました〔本体\3000〕。97年の『乱歩文献データブック』、98年の『江戸川乱歩執筆年譜』に続くもの。これで無事完結した事になりますが、編纂に携はられた中相作さんの御苦労のほどが偲ばれますね。泉下の乱歩〔書物といふものに一方ならぬ愛情を注いだ人と想像されます〕も嘸喜んでゐることでせう。
本書も実に念の入つた編纂でありますが、それにしても乱歩の人気は衰へませんねえ。この本には、もちろん乱歩没後に刊行されたものも洩れなく記載されてゐるのですが、その分量が生前の記事に匹敵してゐるのです。これには私も改めて驚きました。編纂者の中さんは《名張人外境》といふホームページも経営してをられますが、これが驚異的なサイトであります。眼目の乱歩のデータベースは日々発展中、ここにアクセスしない乱歩ファンは「もぐり」でせうね。他にも楽しいお部屋が幾つもあり、中々一遍には拝見しきれません。

★シモンさんの人形展示写真集
四谷シモンさんが『病院ギャラリー』を刊行なさいました〔心泉社*本体\1900〕。序文に「2001年10月5日から2003年9月21日までの間、愛媛県伊予三島市の元・整形外科に四谷シモンの人形が15体展示された。人形たちにとつてこんなに相応しい安息の場があつたろうか。これは廃墟に佇む人形たちの717日間の記録である。」と謳はれてゐる通り、並の人形写真集に非ず、ちよつと類の無い作品写真集なのであります。検査室・病室・手術室などに据ゑられた顔馴染みの人形たちは、どんな表情を見せてゐたのだらうか……写真に眺め入りながら、拝見できなかつた事を悔やんでをります。
来年早々、シモンさんは巴里市立アル・サン・ピエール美術館が催す《POUPEE(人形)》展に作品を出品、また2~3月には東京都現代美術館〔江東区木場〕主催の《球体関節人形展》にも出品なさいます。詳しくは公式サイト《四谷シモン人形愛》を御覧になつて下さい。

★植物続報など
朝、露台へ出ると凍りつくやうな寒さで、花をつけてゐるものと言へば、フェンスに蔓を延ばした花荵科のコバエアばかり、これも残りは二つ三つで、あとは来春まで花は見られません。花のフォトを楽しみにして下さる方もいらつしやるので、夏以降に咲いたものを幾つか御覧に入れませう。まづ嚥脂色の小花のクレマチス、花瓣には天鷲絨(ビロード)のやうな風合があります。次に蓮華升麻(レンゲシヨウマ)、これは蓮を小さくしたやうな花〔直径2糎ほど〕が下向きに咲くので、これまで巧く撮れなかつたのですが、初めて撮影に成功しました〔大袈裟だねえ〕。自然の「造化の妙」を御覧下さい。

クレマチス
クレマチス

蓮華升麻
蓮華升麻

それからヘメロカリス、これはハイブリッドでせうね。この手の色に私は弱い! 百合科萱草(ワスレグサ)属の仲間、日本には野萱草(ノクワンザウ)・藪萱草・黄菅(キスゲ)などが自生してゐます。あとはリコリス3種、曼珠沙華の仲間です。早めに咲くのが大狐剃刀(オホキツネノカミソリ)、錆朱といふか煉瓦色といふか、何とも言へない蠱惑的な色合、花立ちが悪いのが玉に暇。次に朱鷺(とき)色のものを2種、花瓣の縁が薄すらと青色を帯びるのがスプレンゲリ〔中国原産〕、五裂した花瓣の中央に紅の筋が走るのがインカルナータであります。この2種も花立ちは悪い方ですねえ。
クレマチス・ヘメロカリス・大狐剃刀は数年前に菅原多喜夫さんから頂戴したものです。今年、タッキーの屋上庭園でも咲いたのかしら、聞き漏らしました。

ヘメロカリス
ヘメロカリス

大狐剃刀
大狐剃刀 

スプレンゲリ
スプレンゲリ

インカルナータ
インカルナータ

始めに記しましたやうに、今年はまるで厄年の如き過ぎゆきでありました。治癒の燈は未だ見えないのですが、このまゝ肩の痛みを理由に怠けてゐると直に干上がつてしまひますので、リハビリに精進して遅延中の『美少年西洋史』や『江戸の伝奇小説』の完成を目指したいと思ひます。この近況もこまめに更新すべく力(つと)める所存でございますので、どうかお見限りなく。では、また。