《明石町便り19・續 2010/9/7》
★「蝉の王子さま」〜書き得ざりし掌篇の話
オンライン書店bk1〔ビーケーワン〕にて特定の本を買ふと、著者の〈執筆秘話エッセイ〉を讀むことが出來るといふ【購入者特典】があり、版元の勧めにて私も『天使』の購読者のために一文を草する事になりました。但し著者&版元側のサーヴィスなので、殘念ながらギャラは頂けません〔ウ、ウ、ウ……〕。国書刊行会の礒崎編集長曰く「山尾悠子さんは『歪み真珠』の時、10枚以上書いて下さいましたよ」云々、「エッ、10枚なんてとても書けませんよ。5枚いや3枚も書ければ……」と答へたのですが、結局12枚も書いてしまひました。但し〈執筆秘話エッセイ〉ではありません。
6月中旬に執筆依頼があり、締切は8月末日といふので、餘裕綽々、執筆當時の逸話に類する事は国書刊行会版『小説全集』の巻末インタビューでべらべらと喋つてゐるので、此處はひとつ、囘顧談の類は控へて掌篇を物してみんと思ひ立つたのであります。題材は裕(ゆたか)に有するネタ(!?)の中から、3年前の暑かつた夏に見た蝉に關はる奇妙なる夢を撰びました。暑い暑いと青息吐息にて日を送るうち、早や8月も中旬、重い腰を上げて取りかゝらんとしたのですが、何しろ小説など書くのは十數年ぶりのこと、さう簡単には運びません。件のネタに就いて大雜把(おほざつぱ)に記しておきませう。
或る夜のこと、あまりの暑氣に堪へかねて涼をとるべく近所の公園を逍遙、蝉が異常に涌いた年とて、どの樹木にも空蝉〔抜殻〕がびつしりと搦みついてをり、氣紛れに幾つか持ち歸つたところ、數日後に變な夢を見たのであります。その夢の中では私は廿際(はたち)の昔に還つてゐて、帝王蝉の王國に誘(いざな)はれて美しき王子に見(まみ)え、「貴殿が所有の蝉の硯は、もとはこの國の重寶ゆゑ、お返し願ひたい」などと詰め寄られるのであります。寔(まこと)に手前勝手な展開ですが、夢のお話ですから御容赦を。
あまり詳しく記す譯にはまゐりませんが、いろいろ手を入れて綾をつければ3〜5枚くらゐの掌篇になるだらうと高を括つてゐたら、細部の詰めが甘くてお話が一向に収斂してくれず、結局「かういふお話を書かうと思つたのですが完成に至りませんでした」といふ顛末を12枚に亙(わた)つて記したのであります。3年前の空蝉と怪しき硯は今も手許にありますので、その寫繪(うつしゑ=フォト)を御覧に供します。
空蝉
蝉硯
蝉王子
蝉王子と題して載せた画像は、ネットの欧米 male-fashion model のサイト〔アダルト・サイトではなく、ちやんとしたメンズファッションのサイトです〕で偶然に見つけたもの、もう少し細身で顎も尖り氣味の方が好みに適ふのですが、まあ贅澤を申したらキリがありませんからね。また、蝉硯は裏側もリアルに脚や腹が刻まれてゐるのですよ。
ちよつと宣傳めいて恐縮ですが、この特典エッセイは今月の10日〔金曜日、あと幾日もありませんね〕までにbk1にて『天使』を需(もと)めて下さると、中旬にはメールにて配信される由であります。
世紀が更(あらた)まつた頃から、昔馴染みの大切な方が踵を接するやうにお隠れになります。最近も女優の南美江さんや映画評論家の今野雄二さんの訃報に接しました。近々、
春日井建さん、松田修さん、種村季弘さん、山中智惠子さん、森岡貞香さんなどに就いて、想ひ出の一端なりとも記すつもりでをります。では、お近いうちに、また。