《明石町便り15 2005/12/4》
★晩秋の行楽?
数年前から寒がりになつてしまひました。11月に入つて急に冷え込んだせゐか、小春日和の日には何処かへ出かけたい気分に駆られます。一人でうろつき廻るのが苦手なので、平日に外出可能な誰方(どなた)かに御同道を願はねばなりません。
8日、吉村明彦さんと御一緒に多摩動物公園まで出かけました。開園当時、小学校高学年の時に行つて以来ですから、40数年ぶりですが、実は先月の末に変な夢を見たのであります。
念願叶つて大好きな人と多摩動物公園に行つたものゝ、どの動物から見るか――といふ事で喧嘩になり、その人は怒つて先に行つてしまふ。慌てゝ追ひかけるのだが、距離は離れるばかりで軈(やが)て後ろ姿も見えなくなり、気がつくと広漠たるサバンナみたいな所に立つてゐて、鬣狗(ハイエナ)の群に囲まれてゐる……
覚えてゐるのはこの程度ですが、この夢のせゐで寒くならぬうちに是非行つてみたい思ひに駆られ、動物好きで然も〈夢〉の権威でいらつしやる吉村さん(詳細なる「夢日記」を記録、そこには須永も時々登場するらしい)に同道をお願ひした次第であります。当日は絵に描いたやうな小春日和、京王線明大前駅にて待ち合せ、日野市の高幡不動駅へ。そこからモノレールに乗り換へたのですが、後から京王線の枝線で行ける事が判り、帰りはそちらに乗りました。40数年前の記憶では、ひたすら歩いたといふ印象が強いのですが、事前に覚悟してゐた程ではなく、後日に疲労も残りませんでしたね。
上野動物園などに比べると放飼場が格段に広く、檻・鉄格子も少ないので、開放感があります。ライオンなど数十頭ゐて、壮観です。トナカイや四不像(シフゾウ)など初めて実物に接するものもあり、中でも鎧を纏うたやうな印度犀の水浴姿は印象的でした。雪豹やレッサーパンダは今年生まれた子供も混ぢつてゐましたが、硝子越しなので巧く撮影出来ません。回遊路や休憩所には雄の孔雀が出没、放し飼ひにされてゐるやうです。鬣狗は、をりませんでしたねえ。
ジラフ
印度犀
孔雀
中旬は冷え込みましたが、20日を過ぎるとまた小春日和が続くやうになり、今度は紅葉が見たくなりました。折よく新聞の「東京の紅葉の名所」といふやうな記事が目に留まり、國分寺の殿ケ谷戸(とのがやと)庭園といふ所は知らなかつたので、植物好きの宮坂桂子さん(郡司先生御長女)をお誘ひして、24日に出かけました。JR國分寺駅南口から徒歩2分、寔に便の良い場所に広大な回遊式林泉庭園があるのですよ。旧岩崎別荘ださうですが、武蔵野台地の勾配と湧水を活かした趣豊かなる庭園で、特に植栽が見事です。
季節柄、咲いてゐる草花・花木は冬蕗(つはぶき)・吉祥草・山茶花(さざんくわ)くらゐしか見当りませんが、春に行けば天南星・熊谷草・山芍薬などの、秋なら曼珠沙華や〈秋の七草〉などの山野草が見られる筈です。肝心の紅葉は、伊呂波紅葉(いろはもみぢ)の大木が沢山あつて色づいてゐましたが、2~3日後なら更なる壮観と想はれました。
障子戸を染めし楓(かへるで)さにつらふわが紅葉賀(もみぢのが)きはまらむとすこれは晩年の葛原妙子さんの秀歌ですが、このお歌を詠まれた頃の葛原さんは、頻りに「櫻や紅葉を観ておきたい」と仰ってゐました。私も最近、「櫻百首」とか「紅葉百首」とか詠んでみたいと思はぬでもないのですが、葛原さんや前川佐美雄さんの櫻や紅葉のお歌を想ふと、挑む前(さき)に心が萎えてしまひます。歌の神様は中々降臨してくれませんね。
殿ケ谷戸庭園の紅葉
★受贈書紹介
郡司正勝先生の『かぶき――様式と伝承』が、ちくま学芸文庫に入りました(解説=古井戸秀夫、定価1500円)。1954年に出版されたこの御本は、〈図像学の〉や〈民俗学〉の手法を導入して歌舞伎の淵源に迫り、当時の歌舞伎研究に一大革新を齎した、画期的な名著であります。文庫本にしてはお値段が張りますが、歌舞伎に真摯なる関心をお持ちの方は、是非御一読を。岩波現代文庫の『かぶき発生史論集』(編・解説=鳥越文蔵、定価1000円)の併読をお奨め致します。両書とも索引を附すなど丁寧な編集が施されてゐます。
多田智満子さんの一周忌を期して、遺稿歌集『遊星の人』が高橋睦郎さんの御盡力で刊行されました。多田さんには夙に歌集『水烟』(1975年、コーベブックス)があり、その後のお作を纏めたもののやうであります。
病に臥された後の詠草もあり、胸塞がる想ひも致しますが、澄明なる機智と叡智を閃かせるお歌もあつて読者は救はれると思ひます。絶版の『水烟』も併録されてゐます。正漢字使用。一般の書店では入手しにくいやうですので、発行元を載せておきます。拾ひきて罪のごと掌に隠しもつ貝の内裏に虹照りわたる
夕潮はせりあがりくるあなうらのあやふきひとの魂をして
骰子(さい)振つて遊べるわれや禁断の天を転がる遊星の人
〒369-0015 埼玉県北足立郡吹上町本町1-4-12 邑心文庫(048-548-4487)
野阿梓さんから国書刊行会を介して淀川乱歩氏の『根暗野火魂-ネクラノビコン-』を頂いたのは旧臘の事でした。野阿さんの御著作は『月光のイドラ』『バベルの薫り』など読んでをりましたが、お目にかかる機会も無く打ち過ぎてまゐりましたので、御好意のほどに痛み入りました。添へられた丁寧なお手紙には「紹介の労を」といふ御依頼があつたのですが、私の怠慢から1年も経つてしまひ、寔に申譯なく存ぜられます。
カヴァー裏の紹介によれば、著者は「1956年大阪府出身。悪魔研究家。魔法研究家。悪研究家」ださうであります。本書は、〈やおい〉の源流となつた雑誌「JUNE」に投稿・掲載の短篇を纏めたものゝ由ですが、迂闊にして私は読んでをらず、このたび初めて目を通しました。実にアナーキーな作風だと感嘆は致すものゝ、臆病な私は酸鼻を極める〈少年虐待〉の描写にしばしば頁を鎖す始末、批評も覚束ないので、当を得た野阿さんの解説から引用して責めを塞ぎたいと思ひます。(新風舎文庫 650円)
この御本も一般書店では見かけないので、発行元を載せておきます。「耽美にして淫虐、猟奇にして絢爛。二十世紀の掉尾を飾るべき、暗黒の光芒が今、よみ返るのだ。
私の一押しは「地獄の玩具」と「悪魔の玩具箱」の二つ。人間の想像力はかぎりなく自由であることで幻想小説に新しい地平を開示して、ひたすら美事に昏い。過ぎ去りし世紀と昭和の御代にあって、これほどの破壊力と美しさを兼ね備えたダークファンタジーというと、ほかには(やはり最近まで幻の作品あつかいであった)畏友、友成純一氏の「獣儀式」しか、私は知らない。ここには紛れもなく、現実世界には存在しえないことを幻作する想像の魔力が在る。悪夢が日常となり、現実は夢まぼろしとなるのだ。」
〒107-0062 東京都港区南青山2-22-17 新風舎
藍まりとさんこと〈とりマイア〉さんが去年お仕事を再開、コミックスを2冊出されました。『星の夜に触れて』(オークラ出版・アクアコミックス、648円)は『星の館』シリーズのバックストーリー(同人誌掲載)に書き下ろしを併載したもの。『紅の闇 白の影』(大洋図書・ミリオンコミックス、600円)は6年間想を練られたといふ吸血鬼物です。『紅の闇 白の影』の導入部は同人誌に掲載されてをり、これが、まりとさんと知り合ふ契機(きつかけ)となつたので、私には殊に嬉しい一冊であります。あとがきに「事情が許すならこの吸血鬼シリーズを続けたいと思っています……」とありますから、期待致しませう。
悠然と年刊を貫くポワント・デ・ュラックの同人誌『吸血鬼の本』13号も無事刊行を見てをります。今回の特集は〈海外吸血鬼小説特集〉、例によつて作品リストが充実してゐて目を瞠らされます。ネット時代とは申せ、邦譯の無い作品をこれだけリストアップするのは
並大抵の労力ではあるまいと頭が下がります。
http://amy.hi-ho.ne.jp/gssy/
前(さき)にボブ・カランの『アイリッシュ・ヴァンパイア』を邦訳なさつた下楠昌哉さんが自前の御著作『妖精のアイルランド』を上梓(平凡社新書、760円)、元来が愛蘭土(アイルランド)文学の権威でいらつしやるのですから、出来映えに何らの心配もありません。略歴欄に「1995年ユニヴァーシティ・カレッジ・ダブリン留学時に、全アイルランド大学柔道選手権65kg以下級優勝」とあるのを読み吃驚しました。
この半年の間、東雅夫さんの編著が陸続と刊行されてゐますが、何でも御本人は「月刊ヒガシ」と豪語なさつてゐるとか、これは某書肆編集長からの情報でありますから、真偽のほどは定かではありません。
『妖怪伝説奇聞』(学習研究社、2500円)は月刊誌「ムー」の連載を纏められたもの、妖怪伝説レポーターの手腕が遺憾なく発揮されてゐるやうであります。『妖怪文藝』は全三巻が完結(小学館文庫、巻之壱650円、弐&参670円)、『日本怪奇小説傑作集』(紀田順一郎・共編、創元推理文庫、1100円)はⅠしか届いてゐないので完結済かどうかは不明、いづれもお得意の〈怪奇短篇アンソロジー〉です。書影なしですが、この他にも『江戸川乱歩 火星の運河』(角川ホラー文庫、590円)と『血と薔薇の誘う夜に――吸血鬼ホラー傑作選』(角川ホラー文庫、629円)が届きました。『血と薔薇の……』は『屍鬼の血族』の焼き直しですが、収録作に変更があります。拙作「契」も載つてをりますので、何とぞ御贔屓のほどを。
南條竹則さんは、私の敬愛する数少ない現役作家のお一人でありますが、昨年末から四冊も著作を上梓なさつてゐます。『魔法探偵』(集英社、1800円)と『中華文人食物語』(集英社新書、680円)は書き下ろし、ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転――心霊小説傑作選』(坂本あおい・共訳、創元推理文庫、800円)は譯し下ろし、『イギリス恐怖小説傑作選』(ちくま文庫、1000円)のみ既発表短篇を纏められたものであります。己が好みを貫き通して、宛ら〈現代の隠者〉とも申すべき、寔に悠然たるお仕事ぶり、〈飄逸の文人〉の面目躍如たるものが窺はれて羨ましい限りであります。
ヘンリー・ジェイムズは、嘗て「教へ子」といふ短篇を南條さんと共譯する機会に恵まれましたが、実に厄介な文体を駆使する作家であります(「教へ子」は新書館版『泰西少年愛読本』に収録)。このたび、久しぶりに「ねじの回転」を読みましたが、前に読んだ譯本(勿論、譯者は別人)では得られなかつたジェイムズ独特の「味はひ」に接する事が出来ましたよ。羨ましがつてばかりゐないで、私も南條さんの姿勢を見習ひ仕事に勤しまねばならぬと、更めて自らを戒めてをります。
今月は一年ぶりに倶楽部トランシルヴァニアの集まりが持たれるので、南條さんにもお目にかゝれる筈、今から楽しみです。
江戸川乱歩・小酒井不木往復書簡集『子不語の夢』に就いては、村上裕徳さん、延(ひ)いては中井英夫氏の事にも触れたいので長くなる懼れこれあり、再たの機会に。
住居する建物の大修理はいまだ終らず、窓も露台も寒冷紗やビニールで被はれた儘で、鬱陶しき事この上もありません。建物の構造の関係で、私が住まふ一角の工事が後回しになつてゐるやうで、どうやら年末までかゝりさうです。
【バックナンバー】は随時upしてまゐるつもりですので、お気が向かれましたら御覧下さい。眼前の築地川公園の樹木も、今年は殊のほか紅葉が鮮やかです。画像を1枚、お目にかけます。