明石町便り

須永朝彦情報

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■明石町便り更新12/12/12
■バックナンバー更新11/5/23

須永朝彦バックナンバー

1・日影丈吉
◆給仕少年の推奨献立
◆色のない絵具
◆さまよへる悪霊、或は屈託多き女
◆日影さんのこと

2・井上保&森茉莉
◆殉情は流るゝ清水のごとく
◆Anders als die Anderen
◆『マドモアゼル ルウルウ』奇談

3・泉鏡花
◆魔界の哀愁

4・堀口大學
◆堀口先生のこと

5・足穂&乱歩
◆天狗、少年ほか

6・郡司正勝
◆郡司先生の憂鬱ほか

7・菊地秀行&小泉喜美子
◆美貌の都・月影に咲く蘭の花

8・高柳重信&中村苑子
◆るんば・たんば・『水妖詞館』の頃

9・バレエ
◆アンドロギュヌスの魅惑

10・ディートリッヒ
◆蛾眉

11・内田百間
◆片づかない氣持がする

12・和歌・短歌
◆戀の歌とジェンダー

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《明石町便り10  2003/7/19》


★またまた呀といふ間に4箇月
 前回、「連休前に更新したい」などと申しておきながら、早や7月も半ば、お読み下さる方々には何とも申訳が立ちませぬ。実は、国書刊行会・芋崎偏執長の差しがねで《江戸の伝奇小説》のお仕事を一時傍らに置いて、『美少年西洋史』を纏めてをります。当初の予定ではもう仕上がつてゐなければならないのですが、『美少年日本史』のやうには巧く運ばず、甚(いた)く苦戦してをります。今この更新原稿を打つてゐる事が偏執長に知れたら、「以てのほか、そんな事をしてる間に原稿の5枚や6枚……」とお叱りを受けるに違ひないのですが、未更新の事が気に懸かり、却つて仕事に差し障るやうなので、思ひ切つて書いてしまひませう。
★伊藤彦造展
 3月21日(春分の日)、森野薫子・今井佐和子・大野佐恵の皆さんと弥生美術館の《伊藤彦造展》へ。午後1時過ぎ、「まづ腹拵へ」とばかりに、名高き串揚屋さんを訪ねるも早やランチタイムは終了、昔日の面影が残る根津の商店街を彷徨ひ、別の豚カツ屋さんへ。彦造展ではお馴染みの絵の原画に次々と対面。3階で過去の展覧会のポスターを撰んでゐたら、館員〔名刺を頂き学芸員の中村圭子さんと判明、最近、河出書房から『昭和美少年手帖』を御上梓〕から声をかけられ、『美少年日本史』に署名を求められました。どうして私だと判つたんでせう……。でも、お蔭でポスターとか絵葉書などロハにして頂きましたよ。時に、彦造先生は御存命なのですねえ、驚きました。お幾つになられるのでせうか。戦後に描かれた少年少女世界の名作文学の彩色挿絵の1枚、湖の騎士ラーンスロットの美しさにうつとり見とれ、『美少年西洋史』に入れたいものだなどと思ひました〔川島さんが全巻御所有とか、借りませう!〕。地下鉄で明治神宮前に出てブックオフ原宿へ。散会後、大野姉さんと佐和子嬢は、渋谷のロック喫茶でテキーラのボトルに手を出して酔つぱらつた挙句、忘れ物をなさつたとか。程々になされよ。

★お花見
 4月3日、稲田雅子さん・宮坂桂子さんと都立小金井公園へお花見に。近くにお住まひの稲田嬢御推奨の名所(?)で桜樹千本とか、満開の染井吉野や枝垂桜が実に見事でした。江戸東京たてもの園もよかつたですよ。また遊歩道には様々な野草が植ゑ込んであり、貝母〔バイモ。編笠百合の仲間〕や春蘭・二輪草などが花をつけてゐて、植物好きの桂子さんと私には眼福ものでした。動物好きの稲田嬢は散歩中の素敵な大型犬を見つけると、どこぞの女スパイさながらに近づき、手懐けてしまひます。モロゾフだかボルゾイだか、ロシアの犬なんでせうね、大層スリムなヤツは私〔戌年のくせに猫が好き〕も美しいと思ひました。季節外れではありますが、〈空一杯に拡がつた花盛りの染井吉野〉と〈ロシア犬を籠絡する女スパイ〉のフォトを御覧に入れませう。

染井吉野
小金井公園の染井吉野

稲田嬢
ロシア犬を籠絡する女スパイ

★和綴本教室
 4月29日(みどりの日)、去年から始めた和綴本教室の最終回。或る時、朝日や西武の講座を受けて下さる方々に和綴本造りの事を話したところ、今井・大野・小坂香織・山崎健二の皆さんが「作つてみたい」と仰つたので、おこがましくも去年から我が家で教室を開催、洋紙にペンで好みのものを書き、それを和綴本に仕立てる方法を教へて差し上げ、4回目のこの日が総仕上げとなりました。佐和子嬢は足穂の抄本など2種、大野姉さんは欲張つて、いえ頑張つて濱田到歌集や大手拓次集など3種、小坂嬢は挿絵入り毒草の本、健二君〔女性たちから何故かバロンと呼ばれてゐる。正確には妄想男爵といふらしい〕も足穂の抄本など、それぞれ無事に仕上げられました。習ひ事(?)のあとには、宅配ピザを取つてワインで乾杯するのが恒例、この日も、生徒さんたちが御幼少の日々に親しんだといふヒロミGO・チェッカーズ・少年隊などのテープ〔全部、私のものですよ!〕をかけて楽しく過しました。手本として作つた拙作『蠱業』〔まじわざ。未発表の片歌集〕と、皆さんの製作品を幾つか御覧に供します。

『蠱業』
片歌集『蠱業』

作品A
お弟子(?)の作品A

作品B 
お弟子(?)の作品B


★クロちやん1周忌に追悼文集
 昨年の5月3日に急逝した新宿2丁目のスナック《クロノス》のマスター黒野利昭さんを追悼する文集が、高橋睦郎氏の肝煎(きもいり)で1周忌を期して刊行されました。亡くなられたあと、『週刊新潮』に心ない記事が載つたさうですが、このたびは東京新聞が追悼文集を好意的に取り上げてゐました〔5月7日夕刊10面「クロちゃんを忘れない」写真附〕。文集『ありがとう さようなら』には睦郎さんをはじめ、相澤啓三さん・大塚隆史さん・金子國義さん・黒田邦雄さん・中村雀右衛門さん・畑中良輔さん・四谷シモンさんなど、大勢の方が追悼文を寄せていらつしやいます。私も書く筈だつたのですが、うかうかと執筆の機を逸してしまひ、故人に対して申訳が立ちません〔最近はこんな事ばかり……〕。「アンタはさういふ子よ! ほんとにトロいんだから、じれつたいわねぇ」といふ故人の叱咤が聞えてくるやうです。この文集はクロノスに行けば入手出来るやうなので、お読みになりたい方はどうぞ。因みに木曜日定休〔だと思ひます〕。

★吉村明彦さんの処女出版
 20年来の友人吉村明彦さんが初めての御著書『ナロー・ポルシェの憂鬱』を双葉社から上梓なさいました〔5月29日発行、本体\1800〕。御本人に頼まれてゲラを校閲したのですが、頗る面白い、一種の奇書であります。これは、吉村さんが中古のポルシェを購入なすつて〔何度か乗せて頂きましたが乗心地はお世辞にもよいとは申せませんでした〕、悪戦苦闘(?)の末に廃車となすまでの経緯を私小説風にお書きになつたものです〔原型は車の専門誌に連載〕が、稀代の車オンチの私が読んでも大いに興趣を覚えたのですから、車と文芸の両方に関心を持つ方〔そんなやつ、ゐるのかよ!〕が読むならば、なほ一層の妙味を得られるに違ひありません。最近、朝日新聞の書評欄にも採り上げられた由、まづは祝着に存じます。次は〈歌舞伎・日夏耿之介・ボディビル〉などを題材に三題噺風の創作に挑戦して頂きたいものですね。吉村さん、小説の御才能がありますよ。

★寺山修司青春展
 《ですぺら》の森野薫子さんから招待券を頂いたので、5月31日、当の薫子さんと今井佐和子さんを誘つて京王線芦花公園の世田谷文学館へ。生憎の豪雨でしたが、そのせゐで館内は閑散としてゐて、ゆるりと見る事が出来ました。中井英夫氏の書簡がやけに多かつたなぁ。常設展示のコーナーには探偵小説の初版本が沢山並んでゐましたが、数年前、奇蹟的に出現した(?)といふ小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』の原稿もありましたよ。これに拠つて松山俊太郎さんが新たに校訂なさるといふ決定版『黒死館』はいつ完成をみるのでせうね。生きてゐるうちに私はこの傑作をあと何回読むことが出来るのか、そんな事を考へると、虚無感の如きものに囚はれて、ちよつと気持いい……。
 閑話休題、寺山さんに就いてはいろいろと思ひ出があるので一つ二つ……。私は真剣に天井桟敷に入れて貰はうと考へた事もあるんですよ。亡き井上保に諭旨されて諦めましたけどね。寺山さんと申せば、さう、ニコリともなさらずに冗談やら毒舌やらを口になさいましたねえ。最初にお目にかゝつたのは、『大山でぶ子の犯罪』上演中の新宿・末広亭、文化人類学者の深作光貞氏に連れられて行つたのでした。開演前、寺山さんは劇団員に混ぢつて舞台装置の手直しをなさつてゐましたが、深作氏が「有望な新進歌人だ」とか何とか言つて私を紹介しても、ぢろりと一瞥なさつて、ちよつと頷かれて、それきりでしたね。それから数年後、新書館の読者招待みたいなパーティに呼ばれた時のこと〔人寄せパンダですよ。その折の私の恰好たるや、ジッパーだらけのタイトなフェイクブルゾン+タイトなジーンズ+ブーツ、色はブラウン尽め〕、初対面の萩尾望都さんが「須永さんて、お若い方だつたんですねえ」と仰つたのですが〔旧字旧仮名で書いてましたから、老人だと思はれたんでせうね〕、寺山さんが透かさず傍から例の津軽辯の抑揚なきイントネーションで「この人は若作りでね、ほんとはいい歳なんだよ。見てなさい、歌人だからね、そのうち芸術院会員か何かに納まるから」なんて仰つたのですよ。萩尾さんは目をシロクロ、私〔当時は未だ20代〕は開いた口が塞がりませんでしたよ。
 並木橋にあつた天井桟敷館で『家族合せ』といふお芝居を見せて頂いた時のこと、この芝居のセットは、円形の舞台を四つか五つに仕切つて部屋に仕立てたもので、観客は案内された扇形の部屋以外は見る事が出来ない、声は聞えるんですけど……。私が入れられたのは浴室で、バスタブが一つあるのみ。役者は3人で皆さん半裸体、少年と少女がもう一人の少年を縛つてバスタブに突つ込んだりして苛めるだけなんです。水は撥ねるし、他の部屋の声は気になるし、とにかくフラストレーションが募る〔作者の思ふツボなんでせうね〕。見物後、寺山さんに御礼を申し上げたら、「君にぴつたりの部屋を選んで上げたんだから、楽しめたでしょ」ですつて。その後のお芝居では、晴海で上演された『レミング』がよかつたですね。看板女優の新高恵子が「そおら、影が死んだ」と叫ぶと、全員ストップモーションになるところなぞ、ゾクゾクッとした覚えがあります。
 78年から翌年にかけてはタイプ打ちの〈ニュース・レター〉といふものをお出しになつて、私も頂戴しました(30人に発送なすつた由)。近況のほか、お好きなベスト・テンをいろいろお載せになり、或る時《好きな映画ベスト・テン》をお載せになつたので、私が《B級映画ベスト・テン》といふものを撰んで送つたら、次のレターに紹介して下さいました。件のレターを取り出して調べてみましたら、1・10億ドルの頭脳、2怪物団(フリークス)、3タッチャブル、4緋色の殺人者、5ダイアボリック、6血塗られた墓標、7恐怖の振子、8バーバレラ、9顔のない眼、10マブゼ博士、といふセレクション。いま撰べばだいぶ変るでせうね。
 寺山さんの許で育ち、天井桟敷に在籍のまま哥以劇場といふ劇団を主宰なさつてゐた劇作家の岸田理生(りお)さんが先月28日に亡くなられました。私の短歌なども読んでゐて下さり、お目にかかれば気軽に言葉を交したのですが、いつも招待状を送つて下すつたのに、哥以劇場のお芝居はついぞ見ずじまひで、今となつてはそれが心残りです。彼女とは同い年なので、新聞の訃報に接し、胸塞がる想ひでありました。合掌。

★ジャプリゾ、張国榮、K・ヘプバーン、天本英世さんの死
 今年は気に懸かる人が次々と亡くなりますね。2月にはフランスのミステリ作家セバスチャン・ジャプリゾ〔本名はジャン=バプティスト・ロッシ、筆名はアナグラム〕逝去の報に接しました。寡作で、普通(?)の小説はジャン・ロッシ名義の『不幸な出発』〔16歳で執筆、18歳の折に出版、青柳瑞穂の邦訳あり。後年、自ら脚色・監督して映画化〕のみ、ミステリも『寝台車の殺人』『シンデレラの罠』『新車の中の女』『殺意の夏』の4作のみ。処女作は措いて、4篇のミステリは全て傑作で悉く邦訳されました〔創元推理文庫、望月芳郎・訳〕が、今は絶版のやうです。私が一番好きなのは『シンデレラ(サンドゥリオン)の罠』ですね。「かなり前、三人の娘がいた。最初の娘はミ、二番目はド、三番目はラといった。彼女たちには、いつもよい香水の匂いをただよわせ、娘たちがおとなしくしなくてもけっしておこらない、ミドラ伯母さんという親がわりの人がいた。ある日、娘たちが中庭で遊んでいると、伯母さんがやって来て、ミに接吻し、ドとラには接吻しなかった。……」といふ書き出しは、ちよつと無類で、私など忽ち引き込まれてしまひ、その後、3度か4度、読み返してゐます。彼は『O嬢の物語』など映画の台本を沢山書きましたが、一番良かつたのはアラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンが共演した『さらば友よ』です。ジャプリゾに就いては、だいぶ前に「あるものねだり」といふエッセーを書いた事があります〔『望幻鏡』に収録〕。
 4月1日の夕刊には、香港の大スター張国榮〔レスリー・チャン〕投身自殺の記事が載り、驚かされました。『さらば、わが愛 覇王別姫』で国際的なスターになりましたが、それより前、王家衛〔ウォン・カーウァイ〕の『欲望の翼〔傳正飛阿・Days・of being wild〕』が素晴しかつたですね。己を持て余す青年のお話、後半は舞台がフィリピンに移るんですが、全編に中南米音楽、それもオリジナルの形ではなく欧米風にソフィストケーティッドされた演奏に成る「マイ・ショール」「ぺルヒディア」「シボネー」「ソラメンテ・ウナベス」「ジャングル・ドラムス」などが流れ、無類の物憂さを醸し出してゐます。アンディ・ラウ、トニー・レオンなどの若き日の姿も見られますよ。これに比べたら、評判を呼んだ陣凱歌〔チェン・カイコー〕の『ブェノスアイレス』なんて大した映画ぢやありませんね。レスリーには独特の色気があり、『花の影』なんかも佳かつた。『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー1・2』の颯爽たる姿もいい。歌手時代、吉川晃司の『モニカ』のカヴァーが大ヒットして一躍☆になつたとか。
 先月の30日にはハリウッドの大女優キャサリン・ヘプバーンが死去、これは大往生と申すべきでせうね。私はどちらかと申せば、グレタ・ガルボ、マレーネ・ディートリッヒ、ヴィヴィアン・リー〔葛原妙子さんの『繩文』に「ヴィヴィアン・リーと鈴ふるごとき名をもてる手弱女(たをやめ)の髪のなびくかたをしらず」といふ秀歌あり〕など、欧州系の日常性が稀薄なロマンティックな女優が好みに合ふのですが、キャサリン中年の『去年の夏、突然に』『冬のライオン』『トロイアの女』などの演技には心底より敬服してゐます。特にテネシー・ウィリアムズ原作・脚本の『去年の夏……』は忘れがたいフィルムです。因みにヘボン式ローマ字の創案者〔横浜で外科医を開業、脱疽に冒された三世澤村田之助に手術を施す〕の名はヘプバーンが日本風に訛つたものであります〔豆知識かよ!〕
 3月23日に逝かれた天本英世さんとは、ちよつとした知り合ひでした。コーベブックスで著作を出して貰つてゐた頃、『天使』の普及版が出来た頃でせうか、渡邊一考さんのもとで働いていらしたデザイナーの岡崎年宏さんが、或る晩、「友達がフラメンコの店〔実演レストラン〕をやつてるので、御案内したい」と仰るので、フラメンコが好きな私は喜んでお供したのですが、店に入ると、あの死神博士が悲愴なる面持ちにて「わたしが死んだら、オリーヴの木の下に埋めてくれ」などとロルカの詩を朗誦してゐるではありませんか。大喜びで拝聴に及び、朗誦果てたのち、店主の紹介で言葉を交す事が出来ました。仮面ライダーの死神博士の事を持ち出すと、ちよつと厭な顔をなさつたものの、『二十四の瞳』〔高峰秀子の夫役〕や岡本喜八監督の事など申し上げると御機嫌が直り、「東京で再会しませう」と仰つて下さり、御出演の舞台『ファンタスティック』を見に行つたりしました。当時『話の特集』を編集してゐた井上保に天本さんの事を話し、「変つてて面白いから、何かエッセーでも頼んだら」と薦めると、直ぐに実現、更に話が進んで『スペイン巡礼』の書き下ろし出版に至つた次第であります。この本が出来上がるまで、毎日のやうに編集室に現れたやうで、保から電話で「あなた、何とかしてよ」と言はれた事を覚えてゐます。当時、稲田嬢は彼の下で編集に携はつていらしたので、だいぶ御苦労なすつた筈です。新宿・伊勢丹会館の〈エル・フラメンコ〉で出版記念会が催され、三船敏郎をはじめとする東宝のスター、岸田今日子さんなど演劇集団〈円〉の俳優さんが大勢見えて、大変な盛会でした。当時は代々木上原にお住まひで、偶然小田急線の駅で遇つたこともあります。上原の高柳重信さんのお宅によく遊びに行つた頃です。その後、如何なる次第か、家無き子(?)となられ、一時は代々木公園で寝泊まりしていらしたやうです。端からは如何にも瓢々たるお人柄と見えたものの、実は悲憤慷慨型の至つて真面目な方でしたね。私が「ロルカはゲイだから……」と口にしかけた時など、大童(おほわらは)になつて反論なさいましたよ。もう諦めかけてますけど、「もし成金になれたら、吸血鬼映画を1本作りたい」などと若年の頃から夢想してきたのですが、その暁には天本さんにも〈怪しき執事〉の役で御出演願ひたいと思つてをりました。合掌。

★『曾我綉侠御所染』を観る
 6月6日、歌舞伎座・夜の部『曾我綉侠御所染(そがもやうたてしのごしよぞめ)』を観ました。映画も芝居も外食も一人で行くのが厭なものですから、この日は菅原多喜夫さんをお誘ひしました。このお芝居は、柳亭種彦の読本〔歌舞伎座のプログラムは草双紙と誤る〕『浅間嶽面影草紙』『逢州執着譚』を河竹黙阿弥〔当時は河竹新七〕が四世市川小團次のために脚色したもので、奥州浅間家の御家騒動の体。種彦の原作は元禄期の『けいせい浅間嶽』といふ芝居より想を得たものゆゑ、元々が歌舞伎種、世界は「浅間嶽」といふ事になりませう。今では、通称を「御所の五郎蔵」といつて、侠客五郎蔵〔浅間の忠臣須崎角弥の後身〕と隠形の術を遣ふ星影土右衛門〔浅間家乗取りを謀る悪臣〕の確執を描く五幕目〔五条坂廓の場〕のみの上演が常態となつてゐます。このたびは仁左衛門・玉三郎のコンビで、久しぶりに前半の「時鳥(ほとゝぎす)殺し」も出すといふので、かなり期待したのですが、残念ながら期待外れに終りました。
 台本の補綴がよくないのです。上演時間(3時間弱)の関係もあるのでせうが、黙阿弥が張り繞(めぐ)らせた因果の糸を断ち切つて筋だけ直(ちよく)に通したものだから、スカスカして甚だ歌舞伎味が薄い。浅間巴之丞〔染五郎、序幕にちよつと出るだけ〕の茶道・団の一斎一家の悲劇を削除して、忘貝(わすれがひ)・寄居虫(やどかり)の姉妹〔血の繋がり無し〕を消してしまつては、筋は通つても因果は繋がらない。「時鳥殺し」は、巴之丞が鷹狩の折に見初めて側室にいれた時鳥〔巡礼娘すて〕を、正室撫子の母・百合の方がこれを妬んで、杜若(かきつばた)が咲き乱れる八橋の上に引き出して嬲り殺すといふ、歌舞伎に特有の責め場・殺し場であります〔因みに原作では撫子が時鳥を殺す。百合の方は、黙阿弥が五郎蔵役の小團次を前半部にも登場させる為に書き加えた役〕。この道具〔舞台装置〕もひどかつた。八橋といふよりテラス、杜若も有るんだか無いんだか、もつと現実離れした華麗な装置にすべきです。この〈場〉の上演は昭和62年の歌舞伎座〔孝夫・玉三郎〕以来といひますから、16年ぶりです。多喜夫さんに「絶対、見てる筈ですよ」と言はれたのですが、何も思ひ出せません。それより3年前の国立劇場版〔勘三郎の五郎蔵、芝翫の皐月、羽左衛門の百合の方・星影土右衛門、児太郎(現・福助)の時鳥〕は覚えてゐて、これは佳くなかつた。私の目に残つてゐるのは昭和42年の国立劇場版〔守田勘弥の五郎蔵・百合の方、雀右衛門の皐月、延若の土右衛門、玉三郎の時鳥〕で、この時は5時間半に及ぶ、かなり丁寧な上演でした。忘貝・寄居虫も登場し、百合の方が実は星影と通じてゐて、浅間家の横領を企んでゐるといふ伏線も見せました。忘貝〔後に傾城逢州〕は実は時鳥の姉であり、なぜ浅間の殿様が逢州に夢中になつたのかもよく判りました。つまり、彼は同じ顔の女に囚はれる男なんですよ。玉三郎が時鳥と皐月を演じましたが、寧ろ時鳥と逢州を兼ねるべきでせう。でも、立女形としては、やはり皐月を演りたいんでせうね。現在の上演時間の制約を考へると、「時鳥殺し」は「御所の五郎蔵」と切り離し、台本に手を入れ「責め場・殺し場」として洗ひ上げて上演すべきで、その方が成果が上がるやうに思ひます。しかし、現今の狂言立(きやうげんだて)即ち演目撰定は役者本位・興行主本位に終始して見物を無視してゐるので、まづ実現不可能でせうね。聞くところに拠りますと、役者たちも「今回の上演は失敗だつた」と自覚してゐる由、興行成績も夜の部はかんばしくなかつたさうであります。

★コミックス・植物・お仕事……など
 前便で「村野犬彦の『ガクラン天国』を譲つて下さい」と記しましたが、何と漫画家の藍まりと(とりマイア)さんが御所蔵本を送つて下さいました。お目にかかつた事はないのですが、まりとさんとは知合ひなのですよ。資料なども処分なさつて、お仕事を暫く休まれるとか、当分あの美しい描線が見られなくなるのは残念至極であります。『最終出口――LAST EXIT』といふ素描集をお出しになりましたが、素敵ですよ。
 先月、神葉理世の新刊『美男の殿堂』(おお、堂々たるタイトル!)を大野姉さんが入手して下さり、読む事が叶ひました。『放熱JIVE』『拘束志願』には及びませんが、まあ期待を裏切らぬ出来ばえですね。尤も、これは連作長篇なので、これから先が楽しみであります。山田まりおは今年になつて『スーパーOLバカ女の祭典2』が出て、抱腹絶倒させて貰ひましたが、やつぱりボーイズ物の『悪魔でおもちゃ』の続き、さう〈鳥羽課長&相生(あそう)君〉と〈はつたりママ御殿〉のシリーズ続篇が待たれます。
 露台の植物は端境期で、いま咲いてゐるのは紅白の水引・五月雨桔梗・屋久島萩・済州島吾亦紅(われもこう)くらゐ、これから紫青色の射干(ひあふぎ)や蓮華升麻(れんげしようま)が咲きます。もう花期は終りましたが、幾つかフォトを御覧に入れませう。まづ天南星属の揃踏。次にチリ文目(あやめ)、これは結実率100%なので其処彼処の鉢から芽生えてきます。それからインカルビア、数年前に多喜夫さんから頂いたもので未だに名前が覚えられません。あの凌霄花(のうぜんかづら)の仲間ださうで、花形は確かに似てゐますが、蔓性ではありません。そして螢袋を2種、白花螢袋と八重咲螢袋です。烏葉螢袋といふのも栽ててゐるのですが、今年は咲きませんでした。
 カルチャー講座は、63人(私より年下の方は僅か10人)も見えた文京区民大学の歌舞伎講座が漸く終りましたが、一息つく暇もなく月末から朝日カルチャーセンターの《大江戸の怪談》が始まります。まあ、夏ですから納涼と鎮魂(死者の成仏を願う)を兼ねて……といふところです。引続き10月からも継続を要請され、《黄金の現代短歌――偏愛的歌人頌》を予定してをります。
 執筆の方は、ただ『美少年西洋史』、続いて『江戸の伝奇小説』と『鏡花曼陀羅』の完成を期するのみでありますが、その他『ビジュアル源氏物語』『ダ・ヴィンチ』などにエッセーやインタビューが載る筈です。それから、一々お知らせ致しませんが、メールのアドレスを変更致しました。当面は旧アドレスでも届くやうにしてあります。さて、次回は……なるべく早めに更新すべく力めるでありませう。   7月17日

天南星揃踏 
天南星揃踏

チリ文目
チリ文目

インカルビア
インカルビア

白花螢袋
白花螢袋

八重咲螢袋
八重咲螢袋

【追記】ジャプリゾの著作に脱漏がありました。1991年刊『長い日曜日』、これはミステリではなく普通(?)のノヴェルで、彼地にてはベストセラーになつた由、1994年10月、東京創元社から邦訳が出ています(海外文学セレクション)。私は全く覚えてをらず、邦訳本も未購読のやうです。先日、服部正さんと歓談中、話がジャプリゾの上に及び、この事を教えられた次第です。そのあと、調べてみましたら、あの『ロスト・チルドレン』を作ったフランスの映画監督ジャン=ピエール・ジュネが映画化する予定とか。私としては、まづ件の小説を探すか借りるかして読まねばなりませぬ。(7/31追加)