明石町便り

須永朝彦を偲んで

■著作撰(書影集)
■入手可能著書一覧

須永朝彦バックナンバー

1・日影丈吉
◆給仕少年の推奨献立
◆色のない絵具
◆さまよへる悪霊、或は屈託多き女
◆日影さんのこと

2・井上保&森茉莉
◆殉情は流るゝ清水のごとく
◆Anders als die Anderen
◆『マドモアゼル ルウルウ』奇談

3・泉鏡花
◆魔界の哀愁

4・堀口大學
◆堀口先生のこと

5・足穂&乱歩
◆天狗、少年ほか

6・郡司正勝
◆郡司先生の憂鬱ほか

7・菊地秀行&小泉喜美子
◆美貌の都・月影に咲く蘭の花

8・高柳重信&中村苑子
◆るんば・たんば・『水妖詞館』の頃

9・バレエ
◆アンドロギュヌスの魅惑

10・ディートリッヒ
◆蛾眉

11・内田百間
◆片づかない氣持がする

12・和歌・短歌
◆戀の歌とジェンダー

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明石町便り18・續
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明石町便り19・續
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明石町便り21
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《明石町便り18  2007/2/15》


★御無沙汰しました
前回の更新が3月2日ですから、ほゞ1年近くも怠けてゐた譯で、實に情なき次第。皆樣も嘸や愛想を盡かされたことでせう。膝や腰の不調に惱まされた1年ではありましたが、その間もパソコンには對かつてゐたのですから、怠慢といふほかはありませんね。書きたい事は溜まつてゐるのですが、あれもこれもとなると忽ち氣が挫けさうになるので、掻い摘んで記すことに致します。
露臺の植物は一昨年秋の居住集合住宅の補修工事に際して大方處分したのですが、手離すのが忍びなくて吉村明彦さんに預かつて頂いたものが春には歸還、吉村さんには二度に亙つて搬送のお手を煩はせ、恐縮に存じました。蝮草や浦島草など天南星の類はみな佛焔苞を擴げてくれたものゝ、リコリス類は植替を怠つたせゐか花梗を出しませんでした。鉢が少なくて聊か寂しいので、深川のホームセンターで常夏〔唐撫子〕の苗を需めて植ゑ、また服部正さんから金蓮花〔ナスターチウム〕の種子を貰ひ受けて播いたところ、いづれも能く育ち初夏から晩秋まで咲き續け、年を越しても未だ枯れません。

島草&蝮草
浦島草&蝮草

素心浦島草
素心浦島草

ナスターチウム
ナスターチウム

★受贈本いろいろ
過ぐる1年の間に澤山の本を頂戴しましたが、その全てを紹介する遑はないので、書棚に殘したきものを幾つか……。
郡司正勝先生の名著『かぶき入門』が岩波現代文庫に入りました。今は無き教養文庫に書き下ろされたものですが、今回は先生が生前に補訂を施された牧羊社版を定本としてゐます。〈入門〉の二字に油斷してはなりません。並の入門書の穩和なる構成とは大いに異なり、整合性などには拘らず急所に切り込んで〈かぶき〉の正體に逼るといふ行き方で、更には先生獨特のアナーキーな感性が底流をなしてをりますから、讀者も無傷では濟まされないかも知れませんが、讀了すれば「かぶき」の大概はもとより、その箆棒な魅力の一端を窺ふ事が出來る筈であります。

かぶき入門

南條竹則さんからは、書き下ろし中篇『りえちゃんとマーおじさん』(ソニー・マガジンズ、ヴィレッジブックス)、譯著『星々の生まれるところ』(マイケル・カニンガム、集英社)、短篇集『鬼仙』(中央公論新社)の3冊を頂きましたが、常に變らぬ悠々たるお仕事ぶりに更めて敬意と羨望を覺えます。『星々の生まれるところ』は未だ拜讀してゐないのですが、カニンガムに就いては出世作『この世の果ての家』に感心した覺えがありますので、讀むのが樂しみです。中国古譚に據る『鬼仙』は御本領發揮の佳集、表題作など、幸田露伴の融通無碍なる隨想風短編に通ずるよろしさが認められます。

りえちゃんとマーおじさん  星々の生まれるところ
鬼仙

相澤啓三さんは2000年以後2年おきに詩集を上梓なさつてをり、その旺盛な創作力には壓倒されます。『交換』とはまた不思議な標題ですね。集中では連作「呼びえない名の下で」3篇に惹かれました。

交換

  半世紀前に「例ふれば恥の赤色雛の段」「初釜や友孕みわれ涜れゐて」と吟んで當時の俳壇を騒がせたといふ傳説を持つ八木三日女さんの全句集(沖積社)が出ました。八木さんは加藤郁乎さんが1960年代末に創刊した俳句同人誌「ユニコーン」に參加してをられたので、一度だけお目にかゝつた事があります。當時、歌人として出立したばかりの私は多くの傑れた歌人・詩人・俳人・作家に拜眉する機會に惠まれましたが、あれから40年が經ち、今も御健在の方は數へるほどになつてしまひました。近年逝かれた春日井建さん、松田修さん、山中智惠子さんに就いては記しておきたい事もあるのですが、中々思ふにまかせません。八木さんも傘寿を越えられた由、御健祥のほどを念ずるばかりです。

八木三日女全句集

  東雅夫さんは相變らずアンソロジーの編纂に豪腕を發揮、ちくま文庫の【文豪怪談傑作選】の中では『吉屋信子集』が珍品ですね。垂野創一郎さんからは譯著『最後の審判の巨匠』(レオ・ペルッツ)を頂きながら未だ拜讀できませんが、逸早く讀了なさつた服部正さんのお話しでは中々の佳作の由であります。このオーストリアの作家(チェコ系ユダヤ人)には以前から少なからぬ關心を抱いてゐたのですが、一番讀みたいと思ふ長篇『夜毎に石の橋の下で』はエピローグしか邦譯されてをらず殘念、全貌が知りたいものです。

吉屋信子集
最後の審判の巨匠

  小村雪岱唯一の著書『日本橋檜物町』は中公文庫で讀めたのですが、十餘年前に絶版となつてしまひました。讀賣新聞の傘下に入つた中央公論新社での復刊は絶望的と思はれましたが、昨秋、柿沼裕朋さんと松井純さんの御盡力にて裝ひも新たに平凡社ライブラリーの1冊として復活をみました。収録圖版も一新、また附録として鏑木清方・邦枝完二・六代目尾上菊五郎・花柳章太郎など諸家の隨筆が14篇、更に巻末エッセイとして泉名月さんの一文が収載されてゐます。本文のレイアウトも凝つてますよ。
日本橋檜物町

『四谷シモン前編』(学研)は「創作・随想・発言集成」と添記されてゐる事からも判るやうに、自傳以外のシモンさんの文業を集成した1冊。澁澤龍彦さんとの對談「ピグマリオニズム」やシモンさんの撰に成る「人形をめぐる本100冊」などはファン必見の聖典でせうね。また「人形師シモンと10人の写真家」のみアート紙に刷られてをり、35年前のシモンさんの樣々な表情が見られますよ。「私は、人形愛という病気を信じている」といふやうな魅力的な隻句が隨所に鏤められた、實に素敵な御本であります。標題の「前編」は著者のウィットであり、「後編」が續刊される譯ではありません。

四谷シモン前編

  国書刊行会の編集長礒崎純一さんが長きに亙り日曜日を返上して鎌倉の澁澤邸に通つて精査なすつた澁澤さんの藏書目録が遂に完成、昨秋『書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録』と題されて刊行されました。登載書目は1萬1千から2千に及ぶさうです。申せば全巻これ書物のリストにすぎないのですが、澁澤さんの文業を念頭におきつゝ目で書名を追つてゆくと樣々な連想・妄想・追想に驅られ、思はずも刻を過してしまふのです。これはもう、一種の〈至福の時間〉と申してもよいでせう。そして、恐らく澁澤さんでなければ成立しない書物ですね。巻末に創作ノートの影印、龍子夫人へのインタビュー「澁澤龍彦と本」、松山俊太郎・巖谷國士の對談「澁澤龍彦の書物」、東雅夫・礒崎純一の對談「書物の宇宙誌・解題」、索引が附されてゐます。白のバクラムを用ゐた裝幀は如何にも澁澤さんに相應はしく、美しき書物に仕上がつてゐます。高價にもかゝはらず賣行好調の由、礒崎さん、御精進の甲斐がありましたね。
書物の宇宙誌 澁澤龍彦蔵書目録

  新年早々、小沢章友さんから書き下ろし長篇小説『三島転生』(ポプラ社)を頂戴しました。このお作に就いては構想段階から話を伺ひ、質問なども受けてをりましたので、すぐにも拜讀すべきところなれど、机邊は未讀書の山にて、いづれ時間を充分に確保してじつくり讀みたいと思ひます。帯の惹句に曰く「三島由紀夫の霊がたどる、自らの生い立ちと作品世界。その凄絶な生涯を完全小説化!」云々、オカルト小説なのかなぁ……。
三島転生

  怠け癖が治らなくて4年も本を出してゐないのですが、舊臘に出た岩波新書『翻訳家の仕事』に拙文が収録されました。これは岩波のPR誌『図書』に執筆した一文にて、古典現代語譯の苦勞(?)を綴りしもの、申さば世迷言(よまひごと)であります。お氣が向かれましたら御覽下さいまし。