《明石町便り19 2010/8/30》
★酷い夏
前回の更新が2007年3月ですから、3年半近くも怠けてゐたことになります。その年の8月末に「酷い夏」と題して更新を試みたものの「8月の初めに酷い感冒に罹つて3週間餘も寢込んでしまひました。」と僅か1行打つただけで抛り出された原稿が殘つてをりましたので、同じ見出しで打つことに致します。
一々記すことは控へますが、この年の夏は體調不良に加へていろいろなことがありました。蝉の涌き方が異常で、その數と申したら築地川公園・聖路加病院・あかつき公園など近所の木立に止まりきれず、私の棲む集合住宅の壁にも澤山貼りついて早朝から夜分まで戀に焦がれて啼き續けてゐたのが思ひ起されます。啼くのは雄だけ、雌は何處にゐるのやら、つらつら思ふに、蝉の雌といふものを確(しか)と見たことがありません。
今年2010年の夏の暑熱も一入(ひとしほ)にて、據ん所なく立ち働いて汗みづくになるたびに葛原夫人妙子さんの「暑熱微茫 破屋に幼兒イエズスは赤き柘榴の實もて遊びき」といふ一首を口遊(くちずさ)み、そのかみのナザレの酷暑は然(さ)もありなん……と想ひを馳せてをりますが、蝉が澤山涌いた2007年の夏にも此の歌を低誦微吟してゐたやうな既視感の如きを覺えます。
3年前の夏の感冒が引鐵(ひきがね)になつた譯でもありますまいが、以後、發作性頭位眩暈症・閃輝暗點・逆流性食道炎・腰痛・膝痛……等々にみまわれ體調不良が常態のやうな日々、殊にパソコンの畫面が揺れて文字を讀んだり打つたりするのが苦痛となり、抱へてゐる三種五冊の書き下ろしの仕事がいよいよ滯りまして、恩ある方々に御迷惑をかけ續けてをります。この間(かん)に出し得た著作は『日本幻想文学史』の改訂新版〔近代・現代の記述を3項目増補。平凡社ライブラリー〕と短篇掌篇撰集『天使』〔国書刊行会〕のみにて、あとは品切で御迷惑をかけてゐた『美少年日本史』の第2刷〔本年7月、国書刊行会〕を出して貰つただけであります。
撰集『天使』は、国書の礒崎編集長が貧に窮する私を救濟すべく企畫して下さつたものであります。作品撰定はもとより並べ順も新假名遣採用も全て〈若年讀者の獲得〉を念頭におかれた編集長の意向によるもので、著者としては數篇の作品差替を懇請するにとゞまりました。これも編集長の發案にて解題を千野帽子さんに、推薦文を三浦しをんさんに依頼、お二人とも快く引受て下さり、感謝の念に耐へません。書影は【著作撰】に掲げましたので御覽下さい。
ついでに關係著作の書影を此處に掲げておきませう。『道の手帖 中井英夫』〔河出書房新社〕には「あの頃」と題して1966年に始まる中井さんとの交遊に就いて執筆、私的なことを長々と綴ったのは初めてであります。『稲垣足穂の世界 タルホスコープ』〔平凡社:コロナブックス〕は雑誌「太陽」の足穂特集を單行本化したもの。『妖怪画本 狂歌百物語』〔国書刊行会〕は狂歌原文の翻字・解題を擔當しました。『巴里幻想譯詩集』〔国書刊行会〕は栞に「黄眠追想」と題して日夏耿之介に就いて執筆、御同席は南條竹則さんと千野帽子さん。『日本幻想作家事典』〔石堂藍&東雅夫・編、国書刊行会〕では歌人・俳人のうち28項目を執筆。『別冊太陽 泉鏡花』〔平凡社〕には「『神鑿』 工人・人形・御霊」を寄稿してをります。
★受贈本の紹介を少々
3年の間に相當數の書籍を頂戴しました。その中から少し紹介しておきませう。 ********************************************************************************
『菊池伶司画集』〔平凡社〕
相澤啓三詩集『冬至の薔薇』〔書肆山田〕
A・L・マカン 下楠昌哉:譯『黄昏の散歩者』〔国書刊行会〕
丹尾安典『男色の景色』〔新潮社〕
高原英里『ゴシック・スピリッツ』〔朝日新聞社〕/『月光果樹園』高原英里〔平凡社〕
東雅夫『怪談文芸ハンドブック』〔メディアファクトリー〕/『百物語の怪談史』〔角川 文庫〕/『江戸東京 怪談文学散歩』『遠野物語と怪談の時代』〔以上、角川選書〕
山尾悠子『歪み真珠』〔国書刊行会〕
松山俊太郎『綺想礼讃』〔国書刊行会〕
菊池秀行『トレジャー・キャッスル』〔講談社〕
野阿梓『伯林星列』〔徳間書店〕
三浦しをん『天国旅行』〔新潮社〕/『シュミじゃないんだ』〔新書館〕
下楠さんの譯著『黄昏の散歩者』は珍しい現代豪州の小説、實は未讀なので、帶の惹句を引用しておきます。「十九世紀から二十世紀初頭までのメルボルンとウィーンを舞台にし、特異な性的妄執を持つ親子と彼らの生み出す芸術作品が様々な軋轢を生み出していく……。オーストラリアの歴史的に大きな事件を背景に描き出した、ときにグロテスク、ときにエレガント、ときに官能的なメルボルンという都市の神話化を目指した純文学志向のゴシック小説!」云々。
丹尾さんは早稻田大學で教鞭を執ってをられる美術史の専門家、私は故郡司正勝先生のお弟子の和田修さんの紹介にてお目にかゝつてゐます。御自身はゲイではない由ながら豫てより衆道・男色に關する卓抜なるエッセイ・評論を幾つも發表なさつてをり、それを纏められたのが『男色の景色 ―いはねばこそあれ― 』であります。丹念な資料の収集と読込に基づいた讀み應へのある一冊ですが、近代の學者や作家を採り上げた章に一段と精彩が觀ぜられます。戰前の早稻田で「男色の氣あり」と噂された二人の教授――會津八一(あひづやいち)と片上伸(かたがみしん)に關する風説を檢證する「嘆息」、三島由紀夫をマクラに藤田竜と内藤ルネ、岩田準一と江戸川亂歩といふ二組のペアを優しく扱ふ體(てい)の「連れ鳴く雁」〔この章題は素敵だ!〕、川端康成の『伊豆の踊子』の裏を鮮やかに讀み解く「礼装」など。踊子の兄の榮吉の存在に目をつけた人は他にもゐて、東郷隆さんの短編集『そは何者』に「学生」の一篇があり、これは讀ませますよ。
東さんのものでは『百物語の怪談史』が好著だと思ひました。
山尾さんの書き下ろし掌篇小説集は、もう皆さん、御存じでせう。美しい御本です。
松山さんの『綺想礼讃』は傘寿にして初の評論集、神棚に祀りたき大冊であります。やはり小栗虫太郎・稻垣足穗・澁澤龍彦の章が質量ともに壓巻ですね。栞に載る吉村明彦さんの「松山俊太郎応援団歌」を讀みつゝ涙腺が緩むのを禁じ得ませんでした。
三浦さんの二著は、『天使』に推薦文をいたゞいたので禮状に添へて平凡社ライブラリー版『日本幻想文学史』を送附申し上げましたら、お返しにと頂戴したもの、海老で鯛を釣つたやうな氣分であります。『シュミじゃないんだ』はBLコミックス論、いつかお目にかゝる折を得られゝば、ヤマシタトモコ・松山花子・西田東・鈴木ツタ・山田まりお・本仁戻などの話を致したきものであります。
南條竹則さんからは、G・K・チェスタトン『木曜日だった男』、アーサー・マッケン『白魔』、A・E・コッパード『天来の美酒/消えちゃった』、H・G・ウェルズ『盗まれた細菌/初めての飛行機』〔以上、光文社古典新訳文庫〕、英国怪談中篇傑作集『地獄』〔メディアファクトリー〕などの譯著を拜受、どれも結構なお仕事ですが、とりわけ『アーネスト・ダウスン作品集』〔岩波文庫〕と『悲恋の詩人ダウスン』〔集英社新書〕をありがたく拜讀致しました。「他の多くのデカダンたち、ことに二流三流の人士が畢竟(ひっきょう)時の流行を追っていたにすぎなのに対し、ダウスンの詩には、いわば西欧精神の黄昏を反映するかのような深い倦怠と絶望感が見てとれる」といふやうな指摘に南條さんの炯眼のほどが觀ぜられます。
★花は年ごとに
體調が思はしくないので、鉢の植替など殆ど出來ないのですが、露臺の植物たちは季至れば花をつけてくれます。この暑い八月にも彼岸花科の球根植物が3種ほど開花しました。
日本に自生するリコリス(彼岸花=曼珠沙華)の大方は新暦の秋の彼岸前後に花莖を伸ばすのですが、夏水仙〔リコリス・スクワミュラ〕と狐の剃刀〔リコリス・サンギニア〕は早咲きにて8月の舊盆の頃に咲き出します。もう少し早く梅雨明け頃から咲き始めるのがハブランサス、雨後に花莖を伸ばすのでレインリリーといふ俗称もあるやうです。あまり巧く撮れませんでしたが、花影を御覧に供します。
近々また續稿をUPいたす所存でありますので、お見捨てなく。
夏水仙〔リコリス・スクワミュラ
狐の剃刀〔リコリス・サンギニア〕
ハブランサス